平日昼間に暇を持て余した父は、電車に乗って適当に下り方面に向かっていた。
乗客は自分と、斜め向かいの少し離れた座席に座り、顔を僅かに伏せている男性だけ。
その男性の背後の窓から、夕陽に変わりかけた日差しが当たっていた。
男性が背後の窓の外を見るように、僅かに顔を父の方向へ向けた時、男性の顔が見えた。
父は視界の端に映り込んだ男性の顔に、違和感を覚えた。
何だろう、何か変だ、そう思い、目を男性に向けると、男の顔は、真ん中がぼんやりとして、左右で全く違う顔だったらしい。
明らかに光の加減ではなく、全く別の顔が左右にあって、ふわふわとボヤけた真ん中で繋がっている。
その真ん中のボヤけた感じはどうにも形容し難いという。
とにかく、ぼんやりと陽炎のようにボヤけていた。
父は背筋に寒気を感じ、瞬時に目を背けた。
不気味に思った父は、目的もないけれど次で降りようと決心。
次の駅に着くまでに左右別の顔を持つ男が気になって気になって、しかし気付かれてはまずいと懸命に顔を伏せていたという。
そして電車が止まり、父は急いで、しかし怪しまれないように降りた。
ホームに降りた父が、ドアの閉まった車内をちらりと見やると、男がじっとこちらを見ていた。