アサガオが咲いていたから、夏のことだったと思う。
私は5歳で、庭の砂場で1人で遊んでいた。
ふと顔を上げると、生け垣の向こうに着物姿の見知らぬお婆さんがニコニコして立っている。
私はお婆さんを無視して遊び続けたが、お婆さんがいつまでも私を見ているのでとうとう気になって立ち上がり、お婆さんのほうへ近づいていった。
生け垣をはさんでお婆さんと見つめ合ったのは何分ぐらいだったのか・・・・。
突然、「◯美!」と狂ったように私の名前を叫ぶ母の声が頭上から降って来て、振り向く間もなく、私は母に抱きしめられた。
「どこに行ってたの!庭から出ちゃダメって言ったでしょう!」と、祖母も髪を振り乱して駆け寄って来て「よかった!寿命が縮んだ!」と私の頭をなでた。
聞けば、私の姿が庭に見えないので、家の内外から近所まで、母と祖母で小1時間も探しまわっていたのだという。
「ずっと庭にいた」といくら言っても信じてもらえず、あの時はさんざん母に叱られて、夜までずっと泣いていた。
生け垣のお婆さんがどうなったかは覚えていないが、母の出現と同時にパチンと消えた・・・・・・あるいは、異なった世界のスイッチがカチッと切り替わったような感覚を覚えている。
今にして思えば、お婆さんと見つめ合っていた間、自分のまわりの一切の音や気配が消えていた気がするのだ。
庭に面した茶の間とキッチンでは母と祖母が忙しく家事をやっていて、境のガラス戸は全開になっていた・・・。