戦時中の話。
実家の近くにある山は本土空襲が始まると、何故か夜間爆撃に来たB-29がかなりの数で山に激突をしていた。
墜落ではなく、何故か山腹に衝突していたそうだ。
激突は夜間だけで、山地にエンジン音が響いて、しばらくするとドンという衝撃音がし、しばらくすると赤く照らされていた。
知られているだけで8機は激突。
その山のあたりが爆撃機の飛行コース(例えば硫黄島から東京を目指す時に富士山をランドマークにしていたように)であったわけでなく、普段は敵も味方も航空機が飛ぶ事はまずなく、B-29が襲来して初めて爆音が聞こえると、必ず山に激突するようになった。
何の変哲も無い山で、もっと高い山が並び、そこだけ高いわけでもない。
大阪への大空襲の日には、一晩で3機も激突するんで不思議がられていた。
山が半分が燃えるぐらいの火災になって、山火事の危険があったぐらいの状態なのに飛び込んできたという。
しかも山陰地方で大阪とは離れている。
周囲には空襲の目標となるようなものはないし、空襲とは無縁の地域だし、当然だけど軍の施設もないし、戦闘機部隊や地上防空部隊などいない。
進路目標となるようなランドマークもないし、たかだか標高600m程度だから、夜間爆撃の作戦高度としては低すぎる。
結局、終戦になるとそんな事はぱたりとやんでしまった。
衝突するたびに猟銃を担いで周辺住民が日が明けると探索し、何体かは遺体を回収したけど、生きていたものはいなかったそうだ。
軍から視察がきたそうだが、その地域以外では特に騒ぎにならなかった。
戦後に自治体が郷土史の編纂で調査し、残骸をみつけて回収した部品や金属片や書類などが郷土資料館に展示されている。
別に寺社があるとか、信仰されているとか、伝説とかそういうものは全く無いし、
そもそも山深い所だから人もほとんど近寄らない。
昔は炭焼きや猟師が入ることもあったけど、別に怪異などはない普通の山といっていたそうだ。