『大昔に星が落ち、そこが池となった』というキャンプ場がある。
小さな田舎町を見下ろす山。
その山の稜線より少し下に造られたキャンプ場で、こぢんまりとした丸い池の周りに芝生が生えていて、そのさらに周りを砕石を敷いた道路とコスモス畑と森がかこっている。
標高もそこそこ高く辺りに民家も明かりも無いので、星の名を冠した名前の通り、晴れた日の夜には星がよく見える。
星の他にもキャンプ場では、真夜中、車椅子の幽霊が出るらしい。
人が乗っていたという目撃談あれば、車椅子だけが動いていたという話もあり、どうやら子供の霊らしいとも聞いた。
ともあれ、そこのキャンプ場には確かに『出る』らしい。
というわけで、見に行くことにした。
初秋、休日。
その日の正午過ぎ、テントと一泊分の荷物を準備し昼飯も済ましてから、大学近くのぼろアパートを出発した。
目的の町までは愛車のカブで一時間ほど。
国道を西へ、丁度隣県との境目にある町だ。
空は青く高く、雲も無い。
この快晴は明日まで続くそうだ。
風は冷たく夏が遠い昔のように感じられる。
道中何度かバイクツーリングの集団に追い抜かれたが、そろそろバイクも冬眠の時期だろうか。
町に到着するとキャンプ場への案内看板があったので、それを頼りに山道を上った。
いくつか小さな集落を通り過ぎ、森へ入り、若干でこぼこした路面を進んでいくと、目の前が開け、キャンプ場の看板とコスモス畑が現れた。
看板近くの広場にカブを停める。
広場には採石が敷かれ駐車場兼展望台のようになっており、手摺の向こう、遠く山並みが見通せた。
自分の他にはバイクが二台停まっていて、夫婦だろうか、ライダースーツ姿の男女が何事か話しながら景色を眺めている。
荷物を背負い、キャンプ場の奥に進む。
星が落ちて出来たという池はコスモス畑を超えた先にあった。
直径二十メーターほどの綺麗な円状の池だ。
その周りには芝生が青々と茂っている。
池から一段高いところに焚火が出来そうな場所があったので、そこにテントを張り、その後周囲を探索することにした。
適当に焚き火用の薪を拾い集めながら、キャンプ場を一周する。
もう少し早ければ満開だっただろうコスモス畑。
カブを停めた広場とは別の、小高い丘の上の展望台。
ここからは遠く山の上に並んで立つ風車が臨めた。
トイレは和式のぼっとんだが掃除はされている。
ちなみに、中心の池は星が落ちて出来たとされているが、近年行われる予定だった調査は、住民の反対により頓挫したらしい。
隕石じゃなかった場合どうするんだ、と。
存在するかしないか分からないといった点では、池を造ったとされる隕石も、車椅子の幽霊も同じようなものか。
今のところ、その車いすの幽霊の姿は無い。
薪を確保し、キャンプ場内を一通り眺め終えたところで、テントに戻った。
近くに屋根つきの休憩所があったので、陽が落ちるまでそこで持って来た本でも読むことにする。
ぼんやりと時間が過ぎる。
初めてこのキャンプ場を知った時、『車椅子の幽霊』という言葉に違和感を覚えた。
事実場所といい施設といい、ここはお世辞にもバリアフリーとは言えない。
調べていく内に気になる話を聞いた。
十数年前にこのキャンプ場で町の子供会主催のキャンプがあったらしい。
そのキャンプに参加した子供の中に、一人車椅子の子供が居たのだそうだ。
彼は生まれつき徐々に体が動かなくなる病気を患っており、病気の進行を機に町から出ていたのだが、地元の友人や子供会からも是非一緒にということでキャンプに参加したのだった。
この話は美談としてか新聞でも取り上げられた。
キャンプに参加した子がその後どうなったのかは分からない。
車椅子の幽霊が彼なのだとしたら、亡くなったのか。
しかし霊となって出てくるということは、そのキャンプで何かあったのか。
小さな頃から単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしてきた身としては、謂れや曰くは、やはり良くない出来事として想像してしまう。
今日、もしその霊を見ることが出来たら、それも分かるだろうか。
短編集を一冊読み終わり、辺りはそろそろ夕方になろうとしていた。
いつの間にか入り口広場の男女も居なくなっていて、現在この広いキャンプ場に居るのは自分一人だ。
茜色の景色が徐々に薄暗く変わり、空には一番星どころか、すでに多くの星が光っている。
じわりと濃くなる闇夜に追われるように、テントに戻り、夕食をとった。
その内、キャンプ場は完全に夜に包まれた。
夕食後、しばらくしてからライトを片手にもう一度キャンプ場内を一周してみた。
車椅子の幽霊の姿は無い。
テントに戻って、焚火に火をつける。
ぱちぱちと火がはぜる。
風の音。
虫の声。
焚火を見つめ。
星を眺める。
普段、時間は気付かぬ間に過ぎ去るものだが、こういった場所でじっと座っていると、確かに時間の流れを感じる。
どれくらい経っただろう。
気が付けば、焚火が消えかけていた。
どうやら少しうとうとしてしまっていたらしい。
焚火に水を掛け、寝る前にもう一度だけキャンプ場を一周することにした。
目が慣れて来ていたのでライトは持たず、そのままふらっと歩き出す。
道路に敷かれた白い採石を目印に、転ぶにしても、転げ落ちるようなことは無いだろう。
辺りが真っ暗だということもあり、半分寝ぼけたような感覚で、入り口近くの広場まで来た時だった。
広場に、何かが居た。
昼間ここにやって来た時に、男女がバイクを停めていた辺りだ。
黒い塊。
白い採石のおかげもあり、星明かりの下闇夜に慣れた目が微かな輪郭を捉える。
人だ。
何かに座っている。
それはベンチでも、アウトドア用の椅子でもなかった。
車椅子。
車椅子に座った人間。
『それ』は、じっと夜空を見上げていた。
動かない。
こちらには気付いていないのか?
いくつもの思考が頭を巡る中、自分の手がポケットの中の携帯を掴んだ。
懐中電灯は持って来ていないが、携帯にもライト機能がある。
しかし、取り出すことはなかった。
『それ』は、やはりじっと夜空を見上げていた。
ようやく、当たり前のことを理解した。
『それ』は星を見ているのだ。
明かりもつけずに、一人。
ポケット中、掴んだ携帯を放す。
ライトで照らすことは止めた。
それが生きているものであれ死んでいるモノであれ、何か邪魔をしてはいけないような気がしたのだ。
同じように空を見上げる。
満点の星空に、星が流れた。
それは二つ同時に現れ、夜空で交差した。
流星群でもないのに、と思う。
そうしてから、何か信じられないようなものを見た気になった。
しばらく呆けた後、足音を立てないようにゆっくりと踵を返し、テントに戻った。
もぞもぞと寝袋に入りながら、やっぱりライトを当てて確認した方が良かったか、と少し後悔したが、再び戻る気も起きなかった。
寝袋の中、車の音が聞こえた。
目を閉じたまま耳を済ますと、それは一台の車がキャンプ場を出て行ったのだと知れた。
ふと、キャンプ場に落ちたとされる隕石の話が頭に浮かぶ。
やっばり、似たような話だったな。
それ以上何か考えることなく、眠りに落ちた。
翌日。
夕刻。
自宅である大学近くのぼろアパートに戻り、夕飯の支度をしていると、アパート隣人のヨシが酒とつまみ持ってやって来た。
「よー、昨日からまたどっかいってたろお前」
ずかずかと入り込んできた後、いつもの訳知り顔で奴が言った。
仕方がないので、追加で作った料理を取り分けつつ、ビールで乾杯し、今回のキャンプ場の話をしてやった。
「・・・・・・おいちょっと待ておまえ」
「何だよ」
「流れ星が交差したって?」
信じられないといった顔で、ヨシが言った。
「そうだな」
確率は低いだろうが、あり得ないことではない。
ヨシが目を見開いてこちらを見ている。
「何だよ」
すると奴は両人差し指でバッテンをつくり、「・・・・・・こんな風にか?」
「そうだな」
頷くと、ヨシは目を丸くして自分の作ったバッテンを見やり、再びこちらを見やり、
そうして、突然げらげらと笑いだした。
「おまえ宇宙からダメ出し受けてんじゃん」
宇宙からのダメ出し。
なるほど。
そういう発想は無かった。
「あれがメッセージだとすると、ダメ出しじゃなくて、十字架か+の可能性もあるな」
言うと、ヨシがさらに噴き出した。
「ち・・・・・・ちなみに、ちなみに、お前にはどう見えた?」
「×に見えたな」
その後しばらくヨシは身体を丸め、そのまま死ぬんじゃないかというくらい笑っていた。