実家の土蔵を壊して、若夫婦である私たちの家を建てることになった。
建物のあった跡地に建てる場合には本来は必要無いらしいのだが、念のため隣の集落に住む神主さんに頼んで地鎮祭をやることにした。
敷地の四隅に竹を立て荒縄を渡して結んだ中央に盛り土。
南のほうにお供えを載せた祭壇。
私たち夫婦と二歳になる娘、それに実家の両親と私の息子の六人が、祭壇の前に立つ神主さんの後ろに並んで地鎮祭が始まった。
「あの神主さんはパートの神主さんで、本物じゃないからねえ」と数日前に母が言っていた。
少年の頃からずっと隣の集落の神社で神楽を踊っていた人なのだそうだ。
その神社では先代の神主さんが亡くなってから、誰も祭祀を行える人がいなくなり、
その頃農協を定年退職したその人が、神楽を踊っていた縁で神主を養成する学校(?)に行って神主ををついだとか。
それまで何か祝詞的なものを唱えていた神主さんが、「おっおっ、お~」と突然妙な声を出した。
その途端、あたりの空気が一瞬で澄んだ。
それまで黄砂の多い日のような印象だった空が、本当に一瞬で澄み渡った。
同時に、それまで私の母に抱かれていた娘が、もがき始めて母の腕から抜け出し、縄の張られた外まで走って逃げる。
そのまま縄の向こうに立って、こちらの様子を見ていた。
盛り土に鍬を入れる真似などの、いくつかの手順を終え、また神主が奇妙な声を出したら、娘は縄をくぐって中に入り私にしがみついてきた。
あとで調べたら、神主の最初の奇妙な声は『神様を呼ぶ』もので、あとのほうは神様に帰っていただくためのものだったようで、「七歳までは神のうち、と言うけれど、うちの娘は神様に追い払われる類のモノ?」と、まさかの娘魑魅(ちみ)疑惑を呼んだ一件だった。
※【魑魅】:山の中のばけもの。すだま。転じて、一般にばけもの。