とある山深い集落で聞いた話。
そこは、緩やかな谷に沿っていくつかの家が点在する、小さな集落だった。
谷底には小さいが清流が流れ、春には優しい緑が芽吹く、穏やかで美しい谷だった。
しかしながらこの谷は、集落やその周辺の住民たちから、「蛇谷」という、なんとも不穏な名前で呼ばれていた。
昔々、この谷は鬱蒼とした木々に覆われた陰気な場所だった。
谷には大蛇が棲んでおり、時折人里に出ては家畜を喰っていた。
大蛇は胴回りが大人の男で一抱え程、長さは十メートル程もあったというから、移動するだけで田畑を潰し、人々は困り果てていた。
そんな折、集落に三人の旅の侍が通りかかった。
侍たちは人々の嘆願を聞き、大蛇退治に取り掛かることにした。
しかし、大蛇は硬い鱗で覆われ、刀も矢も通らない。
そこで、侍たちは大蛇の棲む谷を焼き払うことにしたのだ。
まず侍と集落の人々は、毒を仕込んだ鶏を谷の周辺にばらまいた。
そしてそれがなくなった頃、谷のあちこちに同時に火をつけた。
火は三日三晩燃え続け、ようやく谷が燃え尽きた頃、焼け跡から巨大な蛇の骨が見つかったという。
人々は大いに喜び、侍たちをもてなした。
しかし、話はめでたしめでたしでは終わらなかった。
大蛇退治の翌日、侍の一人が死んでいるのが見つかった。
なぜか、かまどに覆いかぶさって焼け死んでいた。
その次の日にはもう一人の侍が、まるで毒でも飲んだような赤黒い血を吐いて絶命した。
三人目の侍は大蛇の祟りを恐れ、その骨を祀ることにした。
蛇の頭骨を近くの寺に持ち込み、自らも頭を丸めてその亡骸を弔うことに生涯をささげた。
大蛇はそれで満足してくれたのか、それ以降は祟りで死ぬものは出なかった。
しかし集落ではこれ以降、蛇を殺すことは禁忌になったという。
大蛇が棲んでいた谷は木々が焼き払われたため光が入るようになり、以前のような不気味な雰囲気は無くなった。
木々がなくなったからか、いつしか川が流れるようになり、集落を潤したという。
「あの淵はアギト淵といって、大蛇の頭骨があった場所だと言われています。恐ろしい大蛇だったのでしょうが、今ではああやって子供の遊び場になっていますよ」
集落の男性は、そう話を締めくくった。
男性の言う通り、アギト淵には数人の子供らの姿があり、しきりに近くの大岩から飛び込んでは、賑やかな水しぶきを上げていた。
強い日差しに照らされ、せせらぎの底では丸い小石が、まるで無数の鱗のように光を反射して輝いていた。