三十年以上前の田舎に住んでいた頃の話。
俺が生まれ育ったのは田舎の漁師町で、数年前に市町村合併があるまでは「村」だったし、地名にも「字(あざ)」とかが普通にあったようなド田舎だった。
三十数年前、俺がまだ8歳の頃だったと思う。
うちの学校にちょっと毛色の変わったのが転校してきた。
もともと転校生自体がほとんどいなかった。
いたとしても、誰某の親戚の子が戻ってきたとかで、親戚みたいなもんだった。
その子は信じられないくらい色白の女の子で背が高い割にいつもうつむいて話しかけても頷いたり首をふったりするだけで、言葉を発しない子だった。
何か問題があるのか、他人との交流を避けていたのか、よくわからない。
漁師町だったし、今のように紫外線がー日焼けがーなんて言われない時代だったので、男女問わずみんな外で遊んで、学校が終わると当たり前のように海に遊びにいったり、親の船にのって漁を手伝ったり、素潜りしてとった貝や魚をそこら辺で焼いて食ったりしてたので、がっつり日焼けしている中、その色白の子は物凄く浮いていた。
イジメとかがあったわけじゃないけれど、彼女も輪の中に入ろうとせず、こちらもどう扱っていいのかわからず、という感じだった。
しばらくして、その転校生の母親が「狐憑き」という噂を聞いた。
誰が言い出したのかもわからないけど、知らない間にそれはさも事実のように言われていて、その娘もさらに周囲から孤立していった。
俺たちも頭のどこかで「胡散臭い」「狐つきなんてねーよ」と思いながらも、どこかで怖いと思っていた。
ある日、俺はペットの亀のために、一人で寺の壁に張り付いている苔をとっていた。
ふと見ると、寺の前の道を背の高い色の白い日傘をさした女性が通った。
一目であの転校生の母親だ、とわかった。
うちの近隣に住んでるおばちゃんは皆色黒でどこか垢抜けない「田舎のオバチャン」だらけだったから。
一瞬しか顔は見えなかったけれど、瓜実顔というのかな?
そこら辺にいる田舎のオバチャンとは違う都会美人に見えて、ちょっとときめいた。
でも、次の瞬間、その女性が突然持っていた鞄と日傘ををまるでゴミでも捨てるかのようにポイッと放り投げた。
すると、女性の上半身がゆーらゆーら大きく何度か左右に揺れだして、ピタリと止まった。
突然、かがんで溝(当時は下水道がなかったので生活排水を流す溝があった)を覗き込んだ。
長い髪が汚い溝の水につかり、おばさんが顔をあげたときには、白い服の上半分くらいが汚い緑のような黒いような色にそまっていた。
さらに、道の向こうの家の前にあった植木鉢を突然なぎ払い、蹴り飛ばし、踏みつけた。
「ギアーーーーー!!!」と大声を上げたかと思うと、腰を低くかがめたお婆さんのような恰好で走り出し、角の郵便局を曲がっていった。
俺は一瞬焦った。
郵便局の角を曲がった先は、まっすぐいくと川のほうにでてそこから先は山しかないが、その手前の細い道を入るとウチがあって、まだ当時1歳の妹と母親が家にいた。
瞬間的にあのオバサンがうちの妹を狙っている!と思った(何故そう思ったのかも不明)俺は走り出して、急いで後をおいかけたが、角をまがってもオバサンの姿はなかった。
俺は「妹があのオバサンに殺される!」と泣きながら家に走って戻ったが、予想とは違い、家にはオバサンがおらず、妹はすやすや昼寝をしていて母が網の繕いをしていた。
急に泣きながら入ってきた俺に驚いた母は、事情を聞いた。
俺は見たままを母に伝えた。
母は驚いて、「ちょっと待ってて」と、青年団の団長のところにいった。
その後、青年団の団員が出て山の方を探したらしい。
結局、オバサンは山頂近くにある神社の裏で寝ていた(?気を失っていた?)らしい。
俺が直接見たのはその一度だけだったが、その前にも青年団が出たことがあるらしく、その後も何度かおばさんの捜索が行われた。
夏休みが終わると、その転校生はまたどこかへ転校していき、オバサンの捜索が行われることもなくなった。
以上。
オチなしすまん。
ただ、今考えると、オバサンは何らかの脳の障害とか精神障害とかで、娘が他人との会話を拒否していたのも、脳の問題かそういう親をもった故の心の病気かなんかだったんだろうな、と思う。
でも、昔はそういうのを「狐憑き」と言っていたんだよな、多分。
あの人が何故うちの田舎にきたのか、どこにいったのかまったくわからんけど、もしかしたら、どこにも居場所が無くて、田舎を転々としていたんかもしれん。
あと、娘さんも今生きていたら俺と同じ40代だけど、あんな親をもった娘さんがどんな人生を歩んだのか、考えるとちょっと怖い。