彼女がまだ学生の頃、家族で山小屋に泊まったのだという。
夕刻遅くに山小屋へ着き、荷物を降ろしている時のことだ。
突然、父親が手を休め、真っ暗な山頂をじっと見上げた。
呼ばれたからちょっと行ってくる。
すぐ帰るから。
父親はそう言って山を登っていこうとしたらしい。
荷降ろしを手伝ってくれていた、山小屋の同宿客がするどく叫んだ。
行かせちゃ駄目だ!帰って来られなくなるぞ。
皆で慌てて父親を引き止めに入ったが、彼は凄い勢いで抵抗した。
しばらく押さえていると、やがて我に返って静かになったそうだ。
父親には、暴れていた時の記憶は無かったという。