学生時代に住んでいたアパートは、階段にお化けが出ると言われていました。
築浅で大学からも駅からも近い立地。
買い物にも便利で家賃も手頃と、好条件の揃ったアパートだったわりに空き部屋が多く、出入りも激しかったのは、そのお化けのせいだったのでしょう。
私もそのアパートに住んでいる間、何度かお化けらしいものを目にしました。
長い男とでも言えばいいのでしょうか。
胴も手足もやたらと細長く、立てば身長三メートルほどになったのではないかと思います。
それが階段の踊り場で、窮屈そうに背中を丸め、手足を折り畳んで座っていたのです。
肌は灰色っぽくて、ガリガリに痩せていて、息をするたびにぎゅーぎゅーと妙な音がしていました。
なにより記憶に残っているのはその顔でした。
ぼそぼそとした髪の毛の下にあった顔は、いつも違う顔でした。
その日、私が最後に会った人の顔。
それが、そこにあったのです。
私の友人や家族、時に恋人の顔をして、目を見開いてこちらをじーっと見つめ続け、歯をかちかちと打ち鳴らしていました。
よく見知った顔が、異様な体の上に乗って異常な表情をしているというのは、とにかく不気味で恐ろしいものでした。
お化けは恐ろしかったのですが、私は結局五年間(一度留年しました)、そのアパートに住み続けました。
金銭的な事情ですぐに引っ越すことができなかったというのが理由の一つですが、もう一つの理由は、わりと早い段階でお化けにあわずに済む方法を知り、そのおかげで滅多に出くわすことがなかったからでした。
その方法は、入居してすぐの頃に同じアパートに住んでいた黒崎という人から教えてもらいました。
方法といっても簡単な話で、お化けは雨の日の夜にしか出ないので、雨の日の夜は明るいうちに帰るか、どうしても遅くなるようなら外泊するというだけでした。
それだけで、あのお化けと出くわすことはなくなったのでした。
黒崎さん曰く、あれはアパートを建てるときに古い祠を潰したのが原因なのだそうです。
祠があることで封じられていたのに、なんの手も打たずに潰したりしたから出るようになったのだと、黒崎さんは言っていました。
黒崎さんがどうしてそんなことを知っていたのか、今思うと少し不思議です。