一生近づかないでしょう

カテゴリー「心霊・幽霊」

今から15年ほど前の秋のことですから古い話です。
当時、某大学でワンゲル部の部長だった私は、活動の一環として、弟子屈町から釧路湿原を横断して釧路市へ至る約100キロを歩く計画を立てました。
メンバーはリーダーの私を含めて3名。
一年下のN君と2年下のOさん(女性)。
宿泊はテント泊とし、食料は現地で調達としました。
このころは、このような活動が盛んで、ひたすら北海道の広い大地を大荷物を背負って歩いたものです。

それは歩き出してから二日目の出来事です。
弟子屈から順調に南下し、その日は、釧路湿原の中を通る細い砂利道を一日中歩いていました。
このルートは途中にほとんど人家が無く、たまに家を見つけてもすべて廃屋のような状況でした。当然車もほとんど通りません。

やがて、道は深い樹林帯に入り、日没が近づいてきました。
適当な空き地を見つけて幕営する予定だったのですが、なかなか適した空き地がありません。
森はますますうっそうとしてきて、周囲も暗くなってきました。
まさか道路上に幕営する訳にもいかず、リーダーとして進退窮まったところで、道の脇に、高台へ通じる石段を見つけました。
石段はかなり古く、すっかり草に覆われていましたが、石段がある以上高台の上になにかがあるはずだと判断して、登ってみました。

覆い被さる小枝を避けながら上り詰めてみると、そこにはのびきった雑草に囲まれて、朽ちかけて傾いた古い祠が建っていました。

神社かと思いましたが鳥居がありません。
そばの太い丸太杭にかなり大きな筆文字で「畜生魂」とだけ書かれていました。
かなり異様な雰囲気でしたが、すでに日没を迎えあたりはすっかり暗くなっていたので、祠の前の小さな境内を幕営地とし、草を踏みならしてテント設営を行いました。

その日はまったく風が無くて、周囲は静まりかえり、当然照明も無いので、私たちは深い闇に囲まれていました。

テントを張り終わり、食事の準備を始めたのですが、部員達がいつもより無口なのが気になりました。
おそらく、皆疲労が溜まって気持ちが沈んでいるのだろうと思い、私は努めて快活に部員へ話しかけていました。

その時です!

「ドンドンドンドン」と、不意に不気味な音がすぐ近く、祠の方向から鳴り響きました。
かなり大きな音で、太鼓を連打する音のように聞こえました。

私たちはびっくりし、動作が凍り付きました。
皆目を見開いてお互いを見つめています。
N君がやっと口を開きました。

部員(N君):「部長聞こえましたか?」

私:「うん、聞こえた」

部員(N君):「そこの祠から太鼓の音が聞こえましたよ・・・」

声が震えています。

私は心霊現象はまったく信じず、今までそのたぐいの現象に出会ったこともありませんでした。
ですから、このときも比較的冷静でした。

まず、部員を落ち着かせて、音の原因を探ることにしました。
最初に誰かのいたずらかと思い、「おい!そこに誰か居るのか?」と祠やその周辺の闇に向かって叫んでみました。
しかし、何の反応もありません。

次に祠に誰かが隠れているのかと思い、キャップライトを装着して祠を調べてみました。
入り口は開かず、格子から中を窺ってみましたが、中は荒れ果てたがらんどうで、人も太鼓も見あたりませんでした。

祠の周囲を草をかき分けながら一周してみましたが、やはり人の気配も痕跡もまったくありません。
何かの加減で祠が揺れて、木材が何かに当たった音かとも思い、三人で祠を押して揺らしてみましたが、かすかにきしみ音が聞こえただけでした。

原因が分からなくなったとたんに、急に背筋に寒いものが降りてきます。
テントの前まで戻った私たちは車座になり、顔をつき合わせました。

私:「おい!なんかやばいな!」

部員:「やばいっすよ!」

私:「逃げるか!」

部員:「逃げましょう!」

全員一致でこの場から脱出することになり、直ちに広げた食器をザックにたたき込み、張ったテントはそのまま三人の頭の上に持ち上げて、駆け足でスタコラ逃げ出しました。

途中で後ろを振り返ると、なんだか嫌なものが見えそうな気がして、まっすぐ前を見ながら一心不乱に走りました。
ほかの部員も同じ気持ちだったらしく、なにもしゃべらず同じように走っています。

真っ暗な砂利道を、どれほど走ったでしょうか?
しばらくすると、小さな町並みが見えてきました。
町はずれの小学校の校庭に荷物を下ろし、私たちはやっと一息つけました。
ここなら、人家も見えて安心できそうです。

私たちは興奮して、音の正体を討議しましたが、まったく正体不明のものであるとしか言えませんでした。
生まれてはじめて体験する、実に不思議な出来事でした。
N君は真剣な顔で言いました。

「部長、このことは3人の間でずっと秘密にしましょう。そうしないと、こういう事は祟ると聞いたことがあります!」

「うん、そうだな・・・」

もちろん、私はこんなおもしろいことを胸に秘めていられないたちですので、N君には内緒で皆に吹聴して回りました。
祟れるとしたら、こんなに罰当たりな私でしょう。
N君安心してください。

幸い、今のところ私は祟られてはいないようです・・が、神秘否定主義の私の中で何かが変わりました。

夕張のお化け病院で戯け、人柱トンネルに潜み、旭川周辺のあらゆる心霊スポットをあざ笑うかのように蹂躙しまくっていた私は、すこし行動を慎むようになりました。
特に今もあの場所、畜生魂と書かれた杭のある場所の近くへは行く気がしません。
たぶん、一生近づかないでしょう。

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