あれは去年の夏、仕事で遅くなりタクシーで帰ることになった夜の出来事だった。
運ちゃんと適当に雑談してるときに、不意に彼の言葉が途切れた。
怪訝に思っていると、突然タクシーが猛スピードで走り出し、体がシートに食い込んだ。
運ちゃんは、「しっかり捕まっててください!」、そう言って一心不乱にハンドルを握る。
チラリと見えた横顔は鬼気迫る表情だった。
何かの怪談で聞いたことがある。
墓地の近くを通るときに、こんなふうに猛スピードで走り出すタクシーの話。
横の窓ガラスを見たら、窓ガラスにびっしりと人の顔が映っており口々にこう言う。
「こいつじゃない」・・・・・・と。
まさか、霊体験にとんと縁のなかった俺の身に現実にそんな出来事が起きてるのか?
そう思い、恐る恐る視線を横に向けたが、何の変哲もない夜景が猛スピードで流れ去ってゆくだけだった。
奇妙な声も聞こえない。
幸か不幸か俺には知覚出来ないらしい。
だが、気のせいか鳥肌が立っていた。
コレが霊感なのか?
と思ってるうちに、いつのまにか運ちゃんは落ち着きを取り戻し目的地についていた。
料金はいいと言っていたが、悪いので普通に払う。
金を渡すとき、運ちゃんの腕になんかアザのようなものが見えた。
光線の加減によるものか、人の顔のように見える。
人面瘡(じんめんそう)ってやつか?と疑問に思っていたが聞くことも出来ず釣りが渡され、降りた。
よくわからない夜だった。
最近見たドキュメンタリー番組で、あの人面瘡と同じものを見つけた。
その番組で扱っていたのは、薬物中毒患者の厚生施設だった。