つい先日の話を聞いてくれ。
住んでた部屋が手狭になったから、新しいアパートに引っ越したんだわ。
それで荷解きも一段落して、新居の近所を散策するかと思って歩いてたんだけど、隣の隣のまた隣ぐらいに、屋根が水色の借家が連立してる一角があってさ、その脇の細い道に入っていったら、ババァがハサミ持って歌ってんの。
ババァ：「ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんんなぁ～♪」
とか言いながら、その辺に生えてる雑草の花を切り落としたり、葉を切ったりしてんの。
鼻水とかヨダレがもう固まっちゃってて、ノド元のシャツなんてガビガビしてるんだわ・・・。
あちゃー、いかれてる・・・。
そう思ったね。
で、あんまり関わらないほうがいいと即座に判断した俺は、露骨にきびすを返して広い通りの方へ戻ろうとした。
しかし、何かの気配に気づいて振り返ると、そのババァが追っかけてきてたんだわ
足引きずってるヤツに追っかけられるのって意外と怖いもんだ。
しかもなんか「ハヒィー！」とか口で息しながら、それでも笑ってんの。
でも俺さ、あのバーさん俺に用事でもあるのかと思っちゃって、邪険に扱いすぎるのもなぁ・・・ってそこで無駄な優しさを出してみたりしたわけ。
それでちょっと止まってババァ待っちゃったんだよ。
逃げときゃよかったんだけどさ・・・。
そんでババァが追いついて、俺のソデ掴んできた。
俺が「なにか用ですか？」って聞いたらさ、「ちょっきんにゃあ☆」って笑いながら俺の指にハサミ入れようとしやがった。
俺：「うわっ！何すんですか！？」
とか何とか言ってババァを振りほどいて逃げたよ。
で、すぐ近くの家に飛び込んで、呼び鈴を鳴らして出てきたおばさんに、警察呼んで欲しいって言ったんだわ。
そしたらおばさんが俺の指を見て、「あぁ～、それのせいだわ」って言うのね。
あのババァは光る物が好きなんだって。
俺はその日、指にでかいターコイズの指輪をしてたんだよ。
その辺の人は皆、それこそ子供までそのババァには気をつけてるから、「いまさら通報しなくても・・・」とか言うオバサン。
でもまあヘタしたら指落とされるかもしれないワケだし、危ないことには変わらないじゃん。
だから俺は一抹の正義心から、自分で交番に行って話してみたんだわ。
しかし、結局「まぁ、こまめにその辺を回ってみるようにしますね」ぐらいだった。
よく聞く話だが、やっぱり警察って怠慢だよ。
その数日後にやっぱり同じ場所にババァが居るのを見たんだが、ランドセルの子供がさ、３人ババァの前に居るの。
「あいつらアブネーな！」と思ったらそのガキども、ババァに向かって何か挑発するようなことを叫んでるんだわ。
「ババァーーッ」とか「ウゼー」とか「バババッバーッ」とか、よく分からない奇声もあったりしてとにかくものすげーおちょくってんのね。
ババァはガキどもをじっと睨んでるだけで、すぐにガキどもは笑いながら逃げてった。
見ていた俺に気づいたガキが仲間内で目配せして、「見てんじゃねぇよ！！」だってさ。
もの凄く不愉快だった。
なんつうのかな、もうガキじゃなくてチンピラなんだよね。
で、ババァはガキどもが居なくなると、またアレを始めたんだが「ちょっ・・・きん・・・ちょっきん♪ちょっき～ん・・・」って結構寂しそうだった。
それだけの話なんだが、なんかこう・・・メチャクチャじゃね？
とりあえず指を切られそうになったときは、あのためらいのなさに肝を冷やしたよ。
ガキどもも全く悪いって思ってないところが怖いよね。
そのうち「殴ってたら死んじゃった」とかいって人を殺しそうなガキだった。
