泉州あたりでは、結構有名な話。
自衛隊の駐屯所の近くにある斎場は周辺に大きな池があった。
そこは地元では有名なバス釣り場で、かなりの大物がいるという噂があった。
Aさんはブームもあって、当時プロショップを経営するほどに、バス釣りにはまっていて、仕事あがりには、よくその地元の池で夜釣りをしていた。
その日は、普段からは考えられないほどに、まったくアタリがなかった。
Aさんはタフコンディションの時でも実績のあるポイントに移動することにした。
そこは、急な駆け上がりになっていて水深がかなりある場所で、ここで過去に50オーバーの大物を挙げたこともあった。
彼の予想は的中、一投目から強烈なアタリがあった!
限界近くまで曲がった竿の手元では、リールが悲鳴を上げていた!
デカイ!!
これまでに経験したことの無いような引きは、魚とは思えないほどに異様で強引なものであった。
興奮によるとは思えないような冷たい汗が、背筋を伝うのを感じた瞬間、ラインが切れてしまう・・・。
大物も予想しての12lbライン(釣り糸の種類)は、風に揺られて宙に漂っていた・・・。
放心状態の後、言い様のない疲労感を感じたAさんは、いつもより早く竿をしまい帰路についたが、その日以来、Aさんはタックル(ロッドやリール、仕掛けなどの魚を釣る釣り道具の全般のこと)をさらに大物用のものに変えて、例のポイントに通うようになった。
しかし、あの夜の出来事はまるで、夢であったかのように彼の前に”その”大物は現れなかった。
それからちょうど一年程後、あの日以来の日課となっている夜釣りにAさんが出かけた時のことである。
あの時を思い出させるかのように、その日も全く魚の反応はなかった・・・。
何か予感にも似たものを感じたAさんは、20lb巻きのリールに交換し、かつて池原で60cmオーバーを仕留めた、お気に入りのルアーを選び例のポイントに向かった。
高ぶる気持ちを抑えての第一投目!
ルアーが底に沈むまでの間に、ポケットからタバコを出して火をつけた。
ピンと張っていたラインが緩み、ルアーが着低したのを確認した瞬間、再びラインがまっすぐに伸びた。
咥えてたタバコを慌てて落としてしまったが、拾う間も無く大きく竿を合わせた!
乗った!
そう思うや否や、強烈に竿がしなり悲鳴を上げる!
アイツだ!間違いない!
そう確信するほどにその引きは強引で、まるでAさんを池に引きずり込もうとするほどに強かった。
はたして、これは魚なのか?
そう思うほどに、その引きは直線的で、単調だった。
ただただ、底へ底へと手繰り寄せられていくそんな引きは、魚が根に隠れようとする引きとは明らかに違っていた。
バスではない、確信にも似たその思いが、むしろAさんの闘志を沸かせた。
正体を見てやる!
そう思いドラグを調整しようとしたその時、まるで木の枝が折れたかのような音を立ててラインが切れた。
歴戦で、記念すべきお気に入りのルアーを失った喪失感もあったが、それ以上に、強烈な疲労感がAさんを襲った・・・。
水に浮かぶ火の消えたタバコを拾って、Aさんは釣り場を後にした・・・。
数日後、ある失踪事件が起こった。
地元の小学生の、下校途中からの消息がつかめなくなったらしい。
中でも、その小学生が下校途中によく寄り道していた所が例の池だったらしく、地元の消防や警察が連日捜索活動を繰り返していたが、これといっての手がかりが見つからないまま時間だけが過ぎていった。
そのことに業を煮やしたのか、池の水を全て放水するという、強引な手段をとることになった。
これには地元の釣り師が、猛烈に反対したのだが、Aさんだけは別の思いがあった。
例の大物の正体をしる機会だと・・・。
池とはいえ、規模が大きいため、その水抜き作業には数日を要することになった。
一部の釣り師たちは、住む場所を追われる魚たちの救助作業をボランティアでやっていたが、Aさんもその作業に加わることにした。
日に日に、その水面が狭くなっていき、ついには例の深場だけが水を残すのみとなった。
そして、残りの水をポンプでくみ上げた時・・・。
その場にいた全ての人が、言葉を失った。
そこには、白骨化した小さな遺体があった・・・。
そしてその腕の骨にはグルグル巻きになった何本ものラインと、無数のルアーがひっかかってあった。
Aさんは、そこに見覚えのあるルアーを見つけた・・・。
調査の結果、この遺体は数年前に行方知れずになった少年のものだと分った。
しかし、結局、失踪した少年に繋がるものは何も発見されなかった。
今では、その池は柵がされて立ち入りが禁止されているが、そのことによってかえって穴場的な釣り場として、ごく一部の釣り師に人気がある。
そして、その人達の間では○○池の主と噂される、誰も釣り上げてない大物が今なおいるらしい。