僕がまだ六歳ぐらいの時の話。
それまで市街地に住んでたんだけど、小学校へ上がる春に緑の多い郊外に引っ越したんだ。
近所には田圃や畑があって、兼業農家をやってる地元の人が多い。
そんなのどかな環境の町外れにある新興住宅に、僕ら家族は移ってきた。
慣れないこともあったけど、僕は小学校へ上がってすぐに友達ができて、二ヶ月も経った頃には、もうすっかりその町に馴染んだつもりになってた。
ある日曜日、昼ご飯を食べてから友達三人と学校の近くにある田園のあぜ道で、遊びがてらおたまじゃくしを採っていた。
ビンに入れて家に持って帰って、カエルになるのを見たかったからだ。
それで用水路の中に手を突っ込んでたんだけど、いきなり小便がしたくなってきた。
僕は何匹か捕まえていたし、もう帰ってもよかったんだけど、友達は、もっと捕まえるつもりでいた。
時刻は五時半ぐらいだったと思う。
そろそろ日が暮れどきで、空はうっすらと陰り始めていた。
僕は友達を置いて、ちょっと小便しに行ってくると駆け出した。
家まで帰る気はなくて、そこらで適当なところを探してた。
ちょっと離れたところに、まだ行ったことのない古いお寺があって、歩いていた道からそこに飛び込むと、トイレを探すのが面倒だったから、寺の横手のほうにある低い木の茂みで済ませた。
早く友達のところへ帰りたかったけれど、何を間違えたのか、僕は道とは反対の、寺の裏側へ歩いていってしまった。
間違ったとわかって引き返そうとしたとき、小さくカチャカチャと音がした。
何だろうと思って振り返ったら、暗い寺のなかからボンヤリと黄色い光が漏れてる。
そっちに行くと、雨戸と障子が開け放してあって、ふと見れば、薄暗い60W電球を吊った下で、四人家族がご飯を食べてた。
住職らしい丸禿の男と、痩せた奥さんと、まだ小さい子供が二人、ちゃぶ台のまわりに正座して、それぞれに茶碗を持ってる。
カチャカチャっていうのは、お箸が茶碗に当たる音だった。
その光景に、僕はなんとなく寒々しい違和感を覚えた。
誰も何も言わずに、黙々と食べながら、裏庭に立っている僕のほうをジッと見ているんだけど、誰もが無表情で、何も話さないんだ。
静まり返った食卓に、ただカチャカチャとお箸の音がするだけ。
僕も何も言わず、その場から立ち去ろうとした。
そしたら、奥さんが小さな声で、「あんた、どこの子?これ食べていく?」と。
振り向いたら、奥さんのそばにあった「おひつ」から、ご飯を茶碗によそってくれてる。
「はい、お食べよ」って、茶碗を出してくれたその白い腕が、こちらへ、異様に長くニュルッと伸びてきたように感じた。
そして、そのご飯を見たとき、僕はビックリどころか、心臓が止まりそうになった。
ご飯に色がついていて、赤飯かと一瞬思ったけど、あきらかにそれは血だったんだ・・・。
はっと顔をあげたら、もくもくと無表情で食べている四人家族の口も血だらけになっていて、胸などにも口からぽろぽろこぼれたご飯粒が点々と赤くくっついている・・・。
それでも、住職も二人の子供たちも、一様にカチャカチャ箸を動かして血まみれのご飯を口にかき込んでいた。
急に生臭い匂いが漂ってきて吐きそうになり、奥さんの差し出している茶碗に背を向けると、走り出した。
あまりの怖さに膝がガクガクしていたけど、なんとかかんとか友達のところまで戻れた。
それで、寺で見たことを泣きながら話したら、ずっと地元に住んでる友達が、真っ青になって震えながら言ったんだ。
「あの寺、今は誰も住んでないよ。だって、みんな死んだから」
聞けば、前の住職は何かの事情でノイローゼのようになって、家族が寝ているときに包丁を持ち出して無理心中をはかり、奥さんと子供たちを刺し殺したあとは、自分も首の動脈を切って自殺したということだった。
僕らは怖くなってそれぞれ走って家に帰った。
寺で見たことを親に話したけれど、あまり真剣に取り合ってくれなかった。
その夜から二日続けて高熱が出て、きっと体調が悪かったからそんな幻を見たんだろう、ということにされてしまった。
今でも、その寺はある。
住職一家の供養はされているはずだということだが、あの寺の裏手に行けば、今もぼんやりと黄色い光が見えるような気がして、大学の休みに帰省しても、僕は絶対にあそこには近寄らないようにしている。