俺の爺さんから聞いた話。
爺さんが若かった頃、夕方、近くの河川敷を散歩してたんだ。
川には船がたくさんあり、その船の一つに、誰かが乗っていた。
船の上から川の中に腕を突っ込んでかき混ぜるような仕草をしていた。
逆光で船の主が誰か分からなかったが、ここらで船を持ってる人はだいたい顔見知りだったので、爺さんは立ち止まって声をかけた。
爺さん:「おーい、何か落っことしたのか?」
声が届かなかったのか、船の主は突っ込んだ腕で一心に川の水をかき回し続けた。
爺さんはもう一度、その船に向かって声をかけた。
爺さん:「何か良いモンでも探してるんかー?」
それでも船の主は反応を示さなかった。
爺さんは諦めて散歩の続きをしにようとすると、爺さんの足が全く動かなかった。
何事かと思い自分の足を見ると、真っ黒な手が爺さんの足首を掴んでいた。
真っ黒な手は地面から出ており、爺さんの足首を一周するくらいの大きな手だった。。
爺さんはわけが分からずそのまま転倒してしまった。
助けを求めようとさっきの船の主の方を見た。
爺さんは船の主と目が合った。
向こうもこっちを見ていた。
船の主の顔は、逆光で影になって見えないと思っていたが、それは違った。
船の主自身が、真っ黒な影だった。
しかも目と口は穴が空いたように光っていた。
そして船の上の影は爺さんの方を見て口を動かした。
「みつけた」
影の口はそう動いた。
そして影は口元を細く歪ませ、ニタリと笑った。
影は川の中にもう片方の手を突っ込んだ。
すると地面からもう一本、腕が出てきて、爺さんの足を掴んだ。
爺さんは死に物狂いで、足を動かしたが、真っ黒な手は爺さんの足を掴んだまま離さなかった。
爺さんは影に向かって懇願した。
爺さん:「すまん、助けてくれ、俺はまだやり残したことがあるんだ、見逃してくれ」
そう叫ぶも虚しく、黒い手は爺さんの足を掴んだまま、ゆっくりと地面に沈んでいった。
船の上の影は笑ったまま、川に突っ込んだ腕を引っ張っていた。
爺さんは必死に念仏を唱えた。
南無阿弥陀仏とか般若心経とか、とにかく知ってる限りを・・・。
何分そうしていたのか分からないが、太陽が沈んでいくにつれ、影も薄くなっていった。
そして爺さんは解放された。
家に帰って家族に話しても、皆笑って嘘だと決めつけたそうな。