すれ違った登山者

カテゴリー「心霊・幽霊」

恩義のあるバイト先なので具体的な地名やバイトの職種は書けない。

山の観光地で日によって宿泊地を転々とするバイトをしていた頃。
一日の仕事を終えて、登山口の建物にあった俺たちの寝室に入ったんだが、一足先に到着していた先輩が顔面蒼白になって、「お前、誰かとすれ違わなかったか?」と俺に尋ねた。

先輩が言うには、その部屋の窓の外を通りかかった女性の下山者と目と目が合って「こんにちは!」と声を掛けられ、「こんにちは!」と返事をしたものの、その部屋は3階だから窓の外に下山者の顔が見えるはずもなく、あわてて窓を開けて周囲を見渡したけれども、彼女の姿は見あたらずに俺がやってきたとのことだった。

彼女がその方向に向かったなら、一本道だから必ず俺とすれ違うはずだが、俺はそんな下山者とはすれ違っていない。

俺は「窓の下の坂道でなく、坂道の上のほうにいた人が目の錯覚で近くに見えたんじゃないですか?」と言ったが、先輩は「ちょうど窓の真横を通った。夜で真っ暗なのに目と目が合ったことがわかるほどはっきりと顔が見えた」と言って顔面蒼白のままだった。

その部屋の真下には山岳救助隊の部屋があり、遭難死した人があったときには、そこに遺体を安置して一晩中蝋燭が灯されていたこともあった。

その晩にはそんな気配はなかったので、「かつて女性登山者の遭難死が相次いだこともある山の登山口だから、その頃の遭難者の幽霊かも知れない」とのことだったが、このときの会話が、この先輩とかわした最後の会話になった。

ほどなく、その年のバイトが終わり、翌年にも行ったところ、この先輩はその春に就職したのでバイトには来ないと聞いたが、この先輩がその頃に結婚して数日後に急病死した、と後になって聞いて愕然とした。

もしも先輩が見たのが独身女性遭難者の幽霊だったなら、目と目が合って挨拶をかわしたことによって幽霊に見込まれて、結婚に嫉妬した幽霊が先輩を幽界に連れ去ったのかも知れない。

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