私の父は、戦争中「海軍兵学校」にいたエリート(自称)でした。
その父の話です。
もともと父は機関が好きで、海軍機関学校を受験しました。
しかし、戦局もはかばかしくなく日本海軍の軍艦は戦力として用いられるような物はなかったのです。
そして、機関士官を養成する「機関学校」は一般士官を養成する「兵学校」に統合されました。
機関学校は京都府舞鶴にありました。
今の海上自衛隊舞鶴総監部です。
そこでの出来事です。
軍艦がなくなったとしても士官養成の高度な学校ですから、当然アメリカの爆撃目標に置かれます。
昭和20年初頭のある晴れた日にその攻撃は開始されました。
「機関学校」がアメリカの爆撃機20機と援護戦闘機35機の攻撃を受けたのです。
アメリカと敵対関係にあった当時の日本の軍人ですから当然、「撃退」するために高射砲を撃ち始めます。
高射砲は、弾を装てんする者、銃座を回転させる者、引金をひく者の三人で動かしていました。
クルクルと敵機に照準を合わせて撃つわけです。
アメリカの戦闘機も必死になって逃げます。
そして、反撃のために機銃掃射を行います。
その機銃掃射で父の並びにいた、他の高射砲を操っていた者がやられました。
かすり傷などではありません。
アメリカの最新戦闘機から放たれる弾丸はすざまじい威力です。
被弾した方の上半身は砕け散りこっぱ微塵です。
なすすべもなく血が噴き出しています。
腸が飛んできました。
目の球が飛んできました。
訳のわからない肉隗が飛んできました。
それこそ、阿鼻叫喚の地獄絵図です。
その日の戦闘で、機関学校生徒は死亡一名でしたが恐ろしいのはこれからです。
その夜、巡検といわれる夜間の就寝前の点呼があります。
巡検は上級生が巡回し、鉄拳制裁の横行する恐ろしいものだという話です。
そんな中、巡検後に騒ぎは起きました。
死亡した生徒のベッドが揺れているではありませんか。
いないはずの生徒のベッドがギシギシと・・・・。
上級生の鉄拳制裁が恐ろしい皆は静かに寝たふりを決め込んでいます。
そんなときに不意打ちで上級生が巡検に訪れました。
音に気づいた上級生はここぞとばかり「誰だぁ?そんなとこにおるのは???」
しかし、誰も答えません。
下級生は怖くて寝たふりをしていますから。
「貴っ様、!!いい加減にせんか!!」と、消灯してあった電気を乱暴につけました。
音は止みました。
それでもまだ下級生は寝たふりを決め込んでいます。
上級生:「起きんかぁ!!貴様ら全員腕立て300回!!」
皆はしぶしぶとベッドから下りてきて上級生の言葉にしたがって腕立てを始めました。
上級生が腕立てをする下級生を確認して出ていこうとするとまた・・・「ギシギシギシギシ」
上級生が戻って見ると、一斉に腕立てをしている下級生しか見えません。
いや、奥のベッドにひとり正座しているらしい影があります。
上級生はその影に近寄りながら言います。
上級生:「おい!聞こえないのか?やれっ!」
すると影の方から声がしました。
「私はここに居たいであります。」
「そして耳も聞こえません。ありませんから。」
「上半身がないのにどうやって腕立てするんですか?」
ちょうどそのとき機関学校の裏庭で戦死した
生徒の火葬が始まろうとしていた所でした。