テレビ局でバイトしていた頃の話です。
大学生だった私は、水曜日が全休だったので大体水曜日にシフトが入っていました。
コネで入ったバイトなので仕事は超楽。
時給はすごくいい。
社食は美味しいし普通に見たら最高のバイトでした。
ただ、それだけ待遇がいいからやっぱり普通じゃないこともありました。
話が少しそれますが、私は小さい頃から霊感というものは全くなく、お化けなんて見たことは一度もありません。
なのにもかかわらずものすごくビビリで、見えないお化けがいるような気がして1人で寝るのが苦手でした。
布団に横になっていると色々と想像してしまって、頭の中ではベッドの横に怖い女の人が立っているような気がして、そのあとは必ず頭がくゎんくゎんと揺れて、サリサリサリサリという音が聞こえてくるんです。
最終的には怖くて眠れないというより、この「サリサリサリサリ」がうるさくて眠れなくなります。
一時はこれが霊感?なんて思ってたけど、でも幽霊が見えたり幽霊そのものの声とかが聞こえたりするわけではないので、ただ脳が緊張しているんだと思います。
長くなりましたが、とりあえず私には特別な能力とか霊感はないという事を言いたいです。
本題に戻りましょう。
テレビ局の建物は結構複雑な作りになっています。
これはあとから増設したからとか浸入されにくくするためとか諸説あるようですが、私たちバイトが勝手に言っているだけなので実のところはわかりません。
でもとにかく入り組んでいて、私もバイトとして入りたての頃はいつも迷っていました。
私が働いているオフィスがあるのは8階で、5階に飲み物や軽食が売っている自販機コーナーがあります。
椅子とテーブルもあるので職員さんがよく休みに来たりします。
私は職員さんのお遣いでいつもコーヒーを買いに行きますが、自販機までいくためには、6階に下がって連絡通路を通ってから8階に戻って、また連絡通路を通って5階に下がらなければいけませんでした。
正直ここまで遠いならもう1つ他に自販機コーナーとかあるんじゃないか?と思ったんですが、先輩から仕事を教わる時に必ずここに来るようにと教わったので、嫌々ながらもここまで来てました。
バイト中は1時間の休憩がもらえるのですが、私はご飯を食べるのが遅いので、ゆっくりご飯を食べているとすぐ休みが終わってしまいます。
しかしその日はなぜかお腹が減らなくて、ダイエットも意識して無理に食べる必要はないからと思い、館内を探検することにしました。
オフィスを出てウロウロしながら1階ずつ降りていこうかと思っていたのですが、7階のいつも閉まっている扉が開いていることに気がつきました。
そこは6階の連絡通路があるあたりの扉で、近づいてみるとそこも連絡通路であるようでした。
今日はたまたま職員さんが使うために開けているんだな?と思うとともに、10分程度中に入るなら特に問題ないだろうと思い入ることにしました。
立ち入り禁止ならその看板が必ずあるはずだし、見つかったとしても迷ってしまったと言えばいい。
基本的どの扉も職員証がなければ開けれないので入れることは滅多にない。
大丈夫。
そう思って歩いて行きました。
連絡通路は普通の通路でした。窓からは外が見えるし、6階と同じ。
通路を抜けて中に入ると、私がいつもいる8階とほぼ同じ感じでした。
廊下の左右に大きなオフィスがあり、ロッカーやトイレの配置も同じでした。
ひとつ違うのは、8階ではコピー用紙や文房具などを置いている物置部屋のスペースが、自販機コーナーになっていたことです。
私は、『こんなに近くにあるならここでいいじゃん!なんであんな遠くまで行かなきゃいけないんだよ!』と思いながらも中に入ってみました。
中には1人だけ男の人がいました。
多分職員さんだと思います。
その人は机に突っ伏して寝ているようでした。
私はどうせ後からコーヒーを買いに行くことになるから、今買っておこうと思い自販機に向かいました。
しかし、その自販機がとてつもなく古い・・・。
古いというか何年も手入れされていないかのような感じ。
電源は落ちているし本体も錆びていて、缶の見本?の所も埃が詰まっていました。
なんかおかしいな?と思い見回してみると、どの自販機もそんな感じで、部屋全体が何年間も放置されているようでした。
男の人は動く気配がなく、この階が使われていないのを知っていてサボりに来ているのだろうと思い、私は静かに出ることにしました。
自販機コーナーから一歩踏み出そうとしたその時、くゎんくゎんと頭が揺れ「サリサリサリサリ」という音が聞こえてきたのです。
金縛りに遭ったかのように身体が重く、倒れてしまいそうでしたが、埃まみれの床に座り込むのが嫌で、なんとか近くの椅子に座り込みました。
頭が重くて腕を枕に机に突っ伏しました。
男の人と全く同じ状態です。
何かおかしいという思いが『絶対におかしい早くここから逃げたい!!』に変わりましたが、体は重く頭が上がりません。
そこにズズズっと椅子を引く音が聞こえました。
目線だけを動かすと、あの男の人が自分の横に立っていたのです。
白いシャツの所々が焦げ茶色に変色しており、ベルトのバックルは私を向いているのに足が反対の方向を向いています。
最初は顔が見えませんでしたが、男の人が私を覗き込むようにしゃがんだので見えてしまいました。
ぐちゃぐちゃの顔。
汚い。
気持ち悪い。
片目は黄色くなっていて黒目がないように見え、片方はありませんでした。
上唇が裂けていて歯が突き出ていました。
前髪はまばらで、いろんな所からクリーム色というか黄色がかった物体が溢れていました。
そして遅れてひどい臭いが私を襲いました。
ゴミとかの匂いじゃない、もっと塩辛みたいなしょっぱさのある匂い。
吐きそうになりながらも腹筋に力が入らないから吐くことができず、私はこの気持ち悪さで死ぬのかななんて思っていました。
何もできずにただ見ていると、くゎんくゎんという感覚と「サリサリサリサリ」という音がだんだん強くなってきて、ピークに達するとともに私は気を失っていました。
気がつくと病院にいました。
最初は白い壁があの自販機コーナーに似ていてパニックになりましたが、看護婦さんや親が来てくれてなんとか落ち着きました。
気づくと手が包帯だらけになっていて血がにじんでいました。
爪が剥がれてしまっていたらしいのですが、先ほどパニックで暴れてしまったためだんだんと痛みが酷くなり、痛み止めを点滴してもらいました。
時刻は遅く面会時間も終わってしまうため、説明などは明日するとして両親は帰り、点滴も外して私は病室で1人になりました。
1人になった瞬間色々思い出してすごく怖くなりましたが、先ほどの点滴に眠くなる成分が入っていたのかいつの間にか眠っていました。
次の日検査をしても異常は無かったため、今後は通院して手の治療をしていくこととして、夕方頃には家に帰り、両親から話を聞きました。
あの階は7年前にあの自販機コーナーの窓からは飛び降り自殺をした男の人がいて、その後何人もがその人を見かけることがあったため、締め切って長年放置されていたそうです。
私が入り込んでしまった日も鍵は閉まっていたはずで、なぜ私が入れたのかは不明だそうです。
部屋には監視カメラも付いていましたが電源は入れられておらず放置のため、映像は管理室には映らないようになっていたらしいです。
ところがその日のお昼過ぎに急にその部屋の映像が映り、私が窓から飛び降りようとしていました。
以前飛び降りた人がいるため当然窓が開かないように板が打ち付けてありますが、私はその板を無理やりはがし取って、窓を開けて飛び降りようとしていました。
手はそのとき怪我したようです。
管理室でそれを見ていた人たちは急いでそこに向かいましたが、向かいながらも間に合わないだろうと思っていたらしいです。
しかし現場に着くと、飛び降りようとする私の腰に何か見えないものが抱きついて引き止めているかのように下半身が動かなくて、なんとか落ちずに持ちこたえている私がいました。
普通だったらとっくに落ちているくらい身を乗り出していたにもかかわらず、私がまだ生きていることにびっくりした、と言われた、と親に言われました。
そのまま私は引き上げられ、意識が無かったため救急車で運ばれたそうです。
後で管理人さんに聞いた話では、私はあの時上半身は落ちようともがいているのに下半身が掴まれているように動かなくて、上半身と下半身が綱引きしているようだったらしいです。
その日はふわっとしたチュールスカートを履いていたのですが、管理人さんが見た時はスカートの広がり方などがおかしい気もしたが、焦っていたのでよく覚えていないと言われました。
今回のことで職場には大変迷惑をかけてしまったためバイトは辞めるつもりでいましたが、職員さんからは「辞めたくなければ辞める必要はない」と言われ、その後卒業するまでは続けました。
過去にも似たような騒ぎがあったみたいです。
結局なんで私があの連絡通路に入れたのか、なぜ落ちなかったのかはわかりません。
あの突っ伏してた人は飛び降りた人だったのでしょうか。
機会を逃してしまい職員さんにも聞くに聞けませんでした。
監視カメラには私しか映っていなかったみたいです。