実家は京都の疎水の近く。
毘沙門堂あたりを想像してください。
とはいっても、我が家は長屋でも厳しい和風建築でもなく、洋式二階建てのごく一般的な家です。
そこに、両親と男4人の兄弟でくらしていました。
これを書き込んでいるのは四男です。
一階にあるリビングの天井に、雨漏りでできたシミがありました。
白い天井に茶色い水たまりのように、あやふやな輪郭で浮き出ていたのですが、一度できたシミはその後も雨漏りをするたび徐々に楕円形に広がっていました。
私が幼稚園児くらいの頃と記憶していますが、シミは楕円形の端にさらに小さな楕円の突起をつけました。
そこから奇妙な広がりを見せ、各所から突起を生やし、突起は筋となり、誰がどう見ても人の影のようになったのです。
気味の悪いものではありますが、大事とは捉えず、「人に見えるなぁ」と母がときおりこぼす程度で、皆見慣れてしまいました。
父が一度ペンキで白く塗りましたが、ふやけた天井ですから、すぐに元通りの人形を見せました。
シミはそれ以上広がりもせず、消えもせず居座り続けました。
子供心の小さな肝試しで、人形と同じ形に寝てみたりもしました。
脇を軽く閉じ、足を揃えてみます。
別に何が起こるわけでもありません。
この頃にはもはや愛着すらあり、天井さんと私は名前をつけました。
便利なもので、湿気で天井さんがふやけていれば雨が降るとわかります。
私が9歳の頃父が癌で亡くなりました。
火葬の前に、一度遺体を家に連れ帰ります。
布団を敷きそこに寝かせた時、家族皆そこが人形のシミの真下で、体勢も大きさも父の遺体と同じくらいであることに気がつきました。
父の影が天井にあるかのようでした。
その後もシミは消えもせず、広がりもせず、私が22の頃に家を建て替えるまでじっと居間を見下ろしていました。
父の死後、私たち家族には死んだ父にまつわる小話がいくつかありますが、思いの外長文となりましたので、またどなたか尋ねてくだされば話そうと思います。
ありがとうございました。