ある冬の朝、起きて台所に行くと、母と祖父(実母の父、実母は離婚している)が真面目な顔で話をしていた。
その時にはもう話は終わっていたようで、後から母に何を話していたか聞いてみると、母が朝4時ぐらいにトイレに起きた時の事だった。
当時の我が家の構造は玄関から入って数メートル廊下が続く右側にトイレがあった。
だからトイレに行く時には必ず玄関が見えるようになっていた。
母がトイレに向かうと、玄関から喪服を着た女性が4人ぞろぞろ入ってきてトイレの中に消えて行った。
しかも一番前の人は骨壷を持っていたらしい。
母は恐ろしくて、結局トイレには行かず引き返し、布団の中で夜が明けるのを待っていたという。
それを祖父に言うと、「もしかしたら亡くなった妹が自分を迎えに来たのでは」ということだった。
祖父は不思議な能力があるのかは不明だが、もうすぐ死ぬ人間がわかるようだった。
だからか自分の死期が近いのだと感じていたのかもしれない。
実際、その話を聞いて「俺を迎えにきたんだろう」と言っていたようだ。
私は不思議に思いながらも特に心に止めることもなかったが、しばらく経った夜、足が悪い祖父が母に支えられながら歩いていた時に、「ひゃあ!!」という祖父の叫び声が聞こえた。
私は近くの部屋にいて物音や声で母と祖父が歩いているのがわかったが、うるさいな!という程度で気にしていなかった。
しかし、どうも様子がおかしいのに気づき急いで部屋を出てみると、母に支えられてトイレから出てきた祖父が尻餅をついたように倒れこみ、苦しそうな顔をしていた。
両手の指先は見たこともないほどに白くなっていた。
「じいちゃん、じいちゃん、大丈夫?!」とうろたえる母。
祖父は苦悶の表情で息も絶え絶えの状態だった。
ただ事ではなかったので祖母が急いで救急車を呼んだ。
救急隊員が駆け付け、祖父は救命措置を施されつつ、母が一緒に救急車に乗り、病院へと向かっていった。
その日に家にいたのは、母、祖父、祖母、私だった。
残された祖母と私で、重い空気の中病院に行く準備をしていると、電話が鳴った。
姉からだった。
姉:「なぜかわからないけど、救急車が通り過ぎるのをみて、じいちゃんだと思った。じいちゃんは?」と聞いてきた。
私は半泣きになりながら「じいちゃんが倒れた。今、母ちゃんが一緒に病院に行ってる。これから、ばあちゃんと私も病院に行く」と伝えると「わかった。私もすぐ帰る」といい、急いで帰ってきた。
祖母、姉、私で病院に行くと、祖父はもう亡くなっていた。
苦しんでいる時に見た指先の白さが全身に広がったように真っ白だった。
死因は心破裂だった。
医者も亡くなったのを告げるのが心苦しい様子だった。
そこからは、まるで夢を見ているようなフワフワした気分だった。
「じいちゃん!」と遺体に泣きつく母や祖母をぼんやりと見ていた。
あまりにも突然のことだったので頭がついていけてなかったんじゃないかと思う。
その後、母と祖母は大急ぎで親族に祖父の死を知らせ、葬儀の準備で忙しくしていた。
あっという間にお通夜やら葬儀やらが終わっていった。
祖父はもうどこにもいなかった。
だが、祖父がいなくなっても、なぜか祖父が鍵につけていた鈴の音が聞こえた。
祖父が爪を切っている時のパチッパチッという音も。
祖父が帰ってくると聞こえた鈴の音。
鈴の音が次第に大きくなると玄関のドアが開いて祖父が「ただいま」と言って、私たちが「じいちゃん、おかえりー」と駆け寄ったものだった。
祖父によく爪を切ってもらっていたが、祖父は爪の白い部分がなくなるように切ろうとするため深爪になって少し痛かった。
私は毎日その音を聞いて「ああ、じいちゃんだ」と少し嬉しく思っていたが、それが次第に聞こえなくなっていった。
その時に、本当に祖父が死んでこの世から存在が完全に消えてしまったのだと強く感じ、祖父の死後、初めて泣いた。
祖父が亡くなったのだと頭も心も認識した後に、母が言っていたトイレの話を思い出した。
本当に迎えに来たんだなあと思った。
寒くなって、ふと、こういう事があったなあと思い出して書いてみた。
途中いらない回想が含まれて申し訳ない。
そして、なんでトイレなんだろうと改めて思った。