私の父がまだ若かったころの話。
私の父は釣りが好きで、昔はよく夜釣りに出かけていた。
その日の夜もとある波止場で釣りをしていたら、ふと遠くの方で人が歩く音がした。
瀬戸内海の波は静かで、夜だと街からの音も遠くに車が走る音がするだけで、意外と周りの音はよく聞こえるんだよね。
微かな街の灯りと波止場の頼りなさげな街頭だけでは誰がどこに居るのかまでは分からず。
だが自分と同じように夜釣りに来た人だろうと気にする事もなく釣りに戻った。
それから父は釣りに集中したんだけど、ふと集中が途切れた途端、また人が歩く音がした。
音は少しだけ大きくなっていた。
父が振り返ってみても人の姿は見えなかったそうだ。
父は音に背中を向けて気にしないようにしていたが、足音はどんどん大きくなり、近くまでやって来た。
音の大きさからして夜でも人影位は確実に見える距離なのに、もう一度振り返ってみても誰も居なかった。
波の音だけの、父以外に誰も居ない静まり返った波止場で、「ザ・・・」、っと砂っぽいコンクリートの上を歩く音が、父が見つめる先でした。
流石に父も自分に向かって見えない何かが歩いて来ているのだと分かり、自分の元まで来られたら何かヤバい事になるんじゃないか?と思い慌てて釣り道具を片付け、その日はすぐに帰ったそうだ。