塾の帰り道に結構不気味な廃屋の近くを通ってたんだけど、いつからかその廃屋の軒先にぶら下がる女が見えるようになった。
そいつ、懸垂してるような格好でぶら下がってるんだけど、やけに長い腕と昆布みたいな長い髪をしてて全体的に細長かった。
髪のせいで服装は全然わからなかったけど、2階にある部屋の中をぶら下がりながらじーっと見てるような感じだった。
廃墟の隣は空き地になってて、遮蔽物がないから結構遠くからその女の背中が見えたんだよね。
幽霊は見えてても見えないふりをすれば大丈夫って何かで読んだことがあったから、なるべく見ないようにして、心の中でポケモンの種類をひたすら思い出しながらそいつの横を素通りしてた。
見え始めてから2週間くらい過ぎたあたりかな?
いつもの様にそのぶら下がり女の横を素通りしようとしたら、急に片腕を離して真横に大きくチョップするような動きをしたんだよね。
目線は向けなかったけど、視界の端にやたらと長い腕が、それもものすごい勢いで振り下ろされたのが目に入ってかなりビクっとした。
一瞬足を止めちゃったんだけど、またいつもどおりポケモンの種類を思い出しながら早足で帰った。
でもその時は背中にすごく視線を感じた気がした。
それから土日を挟んで月曜日の塾帰り、初めてぶら下がり女の話し声というか呟きが聞こえた。
ぶら下がり女とはかなり距離があったんだけど、子供をあやすような口調で「一人だねぇ・・・大丈夫・・・うん・・・大丈夫」みたいなことを、甲高い声でずっと呟いてた。
自分でもわけがわからない感覚なんだけど、ぶら下がり女は背中を向けてて、しかも距離が離れてるのにそいつが喋ってる言葉だってはっきりとわかったんだよ。
それで、いつもどおり見ないように横を通ろうとしたら、急にぶら下がり女が野太くて低い声で「いひーまみひっひーええんて!えうるあーややあうつぐつ!おもおもー!おんようおおぶ!」みたいなことを叫んだんだよね。
イメージ的に救急車のサイレンとかのドップラー効果みたいな感じ。
遠くで喋ってる言葉は甲高い感じで聞き取れるのに、近くで叫ばれた言葉は野太すぎて全然わからなかった。
叫んだ言葉も大体そう聞こえただけで、本当にそう言ってたのかはわからない。
見ちゃダメだ!
俺は見えていないし聞こえていない!
そう思いながらその日は帰ったけど、次の日もその次の日も同じようなことが起きた。
さすがにもう耐えられなくなって、塾を辞めたいって親に相談した。
理由を聞かれた時に、親に正直に今までのことを話した。
馬鹿言ってんじゃないって笑われるか、塾を辞めるための作り話だろって言われると思ってたら、何故かすんなり信じてくれた。
「塾ならもう行かなくてもいい。あとその家には絶対に近づくな」
そう言われて、それ以来その廃屋には近寄ってない。
あの女もそれっきり見ていないけど、たまに耳鳴りがするとあの叫び声が聞こえてくるような気がする。
本当にあれは何だったんだろう。