その廃屋で後ろを振り返ってはいけない

カテゴリー「心霊・幽霊」

小学生の時、近所に廃屋があった。
噂では、そこで気の狂った夫に奥さんが刺されて殺されたらしく、その殺された奥さんの幽霊が出るとの事だった。

その廃屋の裏口には鍵が掛かっていなくて自由に入れるが、何故か内側からはどうやっても扉が開かないということだった。

出るためには一番奥の部屋の割れた窓から出るしかないが、出るまでに振り向いてしまうと、奥さんの幽霊に錆びた包丁で刺し殺されてしまうとも囁かれていた。

噂は、近所のお兄ちゃんが実際にはいっただとか、友達の友達がそこで幽霊を見たらしいといった、真偽の怪しい噂だった。
六年生だったオレと友達のAとBは、中学生に上がる前に、小学校生活最後の思い出として、その噂を確かめようと思い立った。

途中で駄菓子屋に寄ったり、Aの家から懐中電灯と、Bの家から高校で野球をやっていたBお兄ちゃんの金属バットを持ち出すために寄り道をしながら、オレ達は夕方に廃屋についた。

夜だと怖すぎるが、昼間だと面白くなさそうだと言う事で夕方にしたが、鮮やかなオレンジ色の夕焼け空の下で影濃く佇む廃屋は、雰囲気としては十分すぎるほど不気味だった。

草が俺たちの腰ぐらいの高さまでぼうぼうと生えた玄関を抜けて裏手に回ると、確かにそこに裏口はあった。

尻込みしているオレとAを馬鹿にしながら、Bは勝手口の扉に手をかけた。
すると、扉は錆びた音もなく開いた。

僕たちはあまりの普通さに、少し拍子抜けした気分になった。

暫くオレたちは扉を開けたり閉めたりして騒いでいたが、近くのスピーカーから五時のチャイムを聞くと、「そろそろ入ろうか」とAが口にした。

言いだしっペと言う事で先ずAが中に入り、十数えた後にオレとBが外から扉を開ける。
その間にAは、本当に内側から扉が開かないのかどうかを確かめると言う事になった。

ふてくされたようにAが廃屋に入り扉を閉めると、直ぐに慌てたAの声が聞こえた。

十数えてから扉を開けると、Aは涙を浮かべて飛び出すように外に出てきた。

何故か怒り狂っているAに誰も外から扉を押さえていない事を説明したがAは信じず、結局、オレとBも交互に一人で入って、本当に中からは扉が開かない事を確かめさせられた。

暫くそうして交互に入って遊んでいたが、正直なところ、オレ達はもうそれ以上奥に進む気はなかった。
十分に怖い思いもしたし、それを存分に楽しんだからだ。

それで今日はもう帰ろうと言う事になった時、廃屋の表に止めておいた自転車の前で、Bが青い顔をしてポケットをまさぐり始めた。

どうやらBは、鍵を廃屋の中で落としたらしい。

オレ達は文句を言いながら裏手に戻り、Bに早く探しにいくようにせき立てた。

しかし、すっかり日が傾き殆ど夜同然の暗さになったせいか、Bは一人で入るのはイヤだとだだをこね始めた。

仕方なくオレとAは、扉を石で押さえて開けっ放しにしておく事を条件に、Bの自転車の鍵の探索を手伝う事になった。

しかし、どれだけ探しても、Bの自転車の鍵は入り口の近くでは見つからなかった。
そこでAが自宅から持ってきた懐中電灯を照らしながら少し奥に進んだ時、突然、裏手の扉が閉まってしまった。

慌てた僕たちが焦って何とか扉を開けようとしていると、外から女の甲高い笑い声が聞こえてきた。

「幽霊だ・・・」

AかBのどちらかが呟いた。

僕らは完全にパニック状態になり、Bは泣きながら持ってきた金属バットで扉を叩き始め、Aは懐中電灯をめちゃくちゃに振り回し始めた。

オレはとにかく怖くて、その場にしゃがみ込んで「怖い怖い」と声を上げて泣いていた。

その内にAが割れた窓から出ようと叫び、僕らはパニックになったまま間取りを知らない廃屋の中を真っ直ぐ勝手口から遠ざかるように走り出した。

広くもない廃屋だから、その場所は直ぐに見つかった。

廃屋の居間のガラスが確かに噂通り割れていて、そこには段ボールが張ってあるのがAの懐中電灯の光に照らされていた。

Bがバットでそこを思い切り叩くと、ガムテープででも貼ってあっただけなのか、すんなり段ボールは外れ、オレ達はそのままそこから外に飛び出した。

オレ達は、それまで一度も振り向かなかった。
噂が、今のところ全て真実だったからだ。

オレ達は外に出てもまだ生きた心地がせず、全速力で自転車まで走った。
そうして辿り着いた自転車を止めておいたところには、柄の悪そうな中学生の男女が、僕らを指さして腹を抱えて笑っていた。

呆然とする僕たちに、彼らは入り口の近くで何かを探している僕たちを脅かすために扉を閉めた事を白状した。

安心したオレたちが自分たちの涙で濡れた顔を見合って笑い出した。

中学生の不良達曰わく、ここに元住んでいた人たちは借金で夜逃げしただけで、誰も死んでない事をオレ達に教えてくれた。

扉が中から開かないのも立て付けが悪いだけで、中学生ぐらいの力であれば、数人で体当たりすれば普通に開くらしい事も、合わせて教えてくれた。

オレたちは急に怖がっていた自分たちが恥ずかしくなり、ここで煙草を吸っている事を誰にも言わないことを不良達と約束すると、そのままその場で解散してそれぞれの家路に向かった。

Bの自転車の鍵は、取り敢えず公園で遊んでいるうちなくした事にした。

翌日、Bは学校に来なかった。

朝のホームルームの後先生に聞くと、Bは昨晩から高熱が出て入院したと教えてもらった。
オレ達はその日の放課後Bの家を訪ね、応対してくれたBのおじいちゃんにBの入院先を聞いた。
その週の土曜日にBのお見舞いに私営の病院を訪れた。

ベッドの上で暇そうにしていたBは、オレ達が病室に顔を出すと、とびっきりの笑顔で迎えてくれた。

聞けば、Bは背中に出来た傷から菌が入り、昨日までは本当に生死の境をさまようほど危険な状況だった事を笑いながらオレ達に説明した。

確かに、その時のBは少しやつれていたように見えた。
それでも元気そうなBの様子を見て、オレ達は見舞いで親から持たされた果物を皮も剥かずに食べながら、その日の面会時間ぎりぎりまでBとくだらない話しをしていた。

Bが入院してから二週間後、Bが死んだ。
原因は破傷風だった。

オレに子供が生まれ、その子の予防接種を受けに行った時に知ったのだが、オレ達が生まれた年は、副作用かなんかの問題で破傷風の予防接種が実施されておらず、そのためにBは破傷風菌にかかってしまったのだと、最近分かった。

やがてBの葬儀も終わり、オレとAが中学二年生になった頃、例の廃屋は火事で全焼した。

不良の煙草のからの出火だとか、地主が解体費用を惜しんで火を点けただとか噂は多くあったが、真相は分からなかった。

実は、なんでこんな話を書き込んだかというと、先週の日曜日に久しぶりにAと呑む機会があり、その場でBの話が出たからだ。

そこでなんのきなしにAが言った。

B:「結局、なんでBは背中なんか怪我したのだろうか」

その場では酔いのせいでアホだったからだとか、おっちょこちょいだったからだとか言っていたが、今日ふと、オレは思った。

Bの母親は、Bが錆びた金属かなにかで背中を傷つけたせいで破傷風にかかってしまったと医者に言われたらしい。
そんなふうに通夜の席でオレの母親に話していた。

あの時扉を急に閉められたオレ達はパニックになった。
Bはそのとき金属バットで扉を叩いていたが、後ろに居たAに当たらないように、もしかしたら振り返ったのかも知れない。
あの噂を無視して。

もちろん、その噂自体眉唾物どころか、その前段階の話からして嘘だったと言う事は十分に承知しているが、どうしてもその事がオレの頭から離れない。
でなければ、どうやって木造平屋建てのあの廃屋で、錆びた金属が背中に刺さるというのだろう。

夫に殺された妻の幽霊ではなかったのかも知れないが、あそこには、きっとなにか居たのだと思う。
錆びた包丁を持ったなにかが。

はきだせて少しすっきり。
東京の福生市であった実話です。

廃屋は燃えた後シャトレーゼっていうアイス屋になって、今ではそこも潰れてマンションになってます。
今でも福生に住んでいる小学生のAの子供にその場所の事を聞くと、そのマンションには火事で焼け死んだ人の幽霊が出るらしいと話していてびっくり。

具体的に幽霊を見た訳じゃないし、Bが死んだのも、本当にたまたまどこか別の場所で怪我をして破傷風になっただけなのかも知れない。
でも、噂話が発端で、その殆どの真相が明らかになっているのに、Bの背中の傷が謎なままなのがオレにとっては何よりも怖い。

幽霊も怖いけど、実はそこに錆びた包丁を持った浮浪者かなにかが居たのかも知れないと思うと、オレとAが無事だったのは本当にたまたまなのかも知れないと思えて尚怖い。

とりあえず、Bの冥福を祈って合唱。

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