それは大雨の前兆らしい

時々、雨も降っていないのに、水たまりができていることがある。

たいていは、ただの水たまりだが、時々おかしなものが混じっていたりする。

中学生三年生の頃だ。

夏期講習の帰り、炎天下の道に水たまりがあった。
直径一メートルほどの水たまりが、車道の真ん中にひとつ、ぽつんとある。

その日は朝から日差しが厳しく、雨など一滴も降っていない。
あたりは畑と、果樹園と、あとは農機具小屋くらいしかない辺鄙な場所だ。

打ち水、というわけでもないだろう。
なんだろうな、と覗き込んでみて、驚いた。

水たまりのなかで、小さな青白い魚が泳いでいた。

大きさはカタクチイワシ程度。
ほっそりとしていて、鱗がきらきらと綺麗な小魚だ。
ただ、尾びれも胸びれもやけに長く、ひらひらしていて、どうもイワシではないらしい。

そもそも、水たまりである。
水深などあってないようなものだ。
そんなところを、魚が悠々と泳いでいるわけがない。

しかし実際、魚はひれをひらひらさせながら、ゆったりと泳いでいる。
どころか、どう見ても水深が一メートル以上あるように見える。
奥のほう、つまり深いところを、なにか大きな魚が時折横切るのだ。
それに、手前を泳ぐ小魚は、時々水たまりの縁の外側に姿を消すことがあった。
つまり、私の位置からは見えないけれど、内側はもっと広いようなのだ。

説明が難しいのだが、封のされた箱のなかを小さな穴から覗いているような、あるいは小さな窓から広い外の世界を垣間見ているような、そんな状況らしい。
どうにも、おかしな光景だった。
騙し絵のような光景だった。

私はちょっと考えてから、そこらに落ちていたアスファルトの破片を拾って、水たまりに落としてみた。

ドブン!
破片は水たまりに沈んだ。

魚が驚いたように、さっと姿を消す。
水面が乱れる。
破片はゆっくりと、ぐんぐんと、沈んでいって、そのうち水の青さに紛れて見えなくなる。

がちん!

いきなり目の前に、大きな口が現れた。
乱杭歯の生えた大きな魚の口が、水面の向こうでがちん、がちんと歯を打ち鳴らしていた。

鮫、だろうか。
唖然とする私の目の前で、水たまりは突然、蒸発を始めた。
しゅうしゅうと、熱したフライパンの上に水を落とした時のような音をさせて、瞬く間に消えてしまった。

後で知ったのだが、このおかしな水たまり、私の住む集落の周辺では昔からよく見られていたらしい。

海のぞき、などと呼ばれている。

夏場、大雨の前兆として現れるものなのだとか。
実際、私がそれを見た日の夜には、ひどい大雨が降った。
近所の川が氾濫するのではとなったほどの大雨だった。

雨の予兆なのに名前が海のぞきとは、なにかおかしい気もするけれど、とにかくそういうものらしい。

ちなみに、あのきらきらと、ひらひらと美しい、青白い小魚は、人魚の稚魚なのだそうな。
それを釣って食べると寿命が延びるのだと、昔から言われているという。

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