とある高層ビルでバイトをしていた時の話です。
高層ビルには直通エレベーターがありますよね。
ここのビルは、8で割れる階数ごとに直通エレベーターがありました。
例えば1~16階行きなら、1階から8階までが直通で、8階から16階まで各階に止まる、という仕組みになっています。
7階まではテナントが入っていて、夜8時になると営業終了になるので、セキュリティーのため、1階からのエレベーターは全て8階までの各階止まりになり、8階で一度下りて守衛さんに社員証を見せて、次のエレベーターに乗せてもらいます。
直通は8~24階になるので、15階までの方はとても面倒です。
私の行っている会社は12階でした。
こんな面倒なシステムになってしまったのは、理由があったんです。
その日、もう一人のバイトの男の子と一緒に印刷物を取りに行ったのですが、3時間待たされて、ビルに辿りついた時には8時を3分ほど過ぎていました。
二人でダッシュしたら、何とか最終直通エレベーターに間に合ったのです。
ゼイゼイいいながらドア付近に荷物を下ろし、男の子が12階のボタンを押しました。
押しながら「何階ですか?」と聞いたんです。
私たちだけかと思ったら、定年間近ぐらいの、小柄で細身の黒ブチ目がねをかけた、真面目そうでとても優しい顔をした男性が、奥に立っていました。
「すいません。9階を押して頂けますか?」
軽く頭を下げて、とても礼儀正しい方でした。
男性は「遅くまで大変ですね。体を壊さないようにほどほどにしなさいね」と、男の子に微笑みかけながら言ったんです。
仏様みたいな人、居るだけで癒されるような、そんな感じの男性でした。
エレベーターが止まりました。
私たちはドア付近に立っていたので、お互い左右に分かれる感じで道を空けました。
その時、「おまえら、何やってんだ?ドア閉まるぞ?」と、エレベーターホールは喫煙所にもなっていて、印刷物を頼んだ課長がタバコを吸いながら覗いたんです。
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そこには見慣れた風景と共に、壁には12階のロゴが。
急いでエレベーターから下り、振り返ってみると男性の姿はありません。
私は確かに、男の子が男性に言われて9階のボタンを押したのを見ました。
二人ともかなり息を切らせていました。
エレベーターのドアに手をついてゼイゼイいっていたので、止まる階近くになるとボタンのランプが消えるから、私はずっと9階のボタンを見ていたんです。
男の子も見ていたそうです。
課長にその話をすると、「佐伯さんだよ」と、不思議がることもなく言いました。
課長がまだ若手社員だったバブルの頃、9階にあった証券会社に、佐伯さんという定年間近の男性がいて、他の会社の方にも気配りするような、本当に仏様みたいな人だったそうです。
その日、遅くに営業先から帰ったようで、9階のエレベーターホールのところで亡くなっていたのを、朝出社した社員が見つけたそうです。
過労死だったそうです。
お葬式には、ビル内の他の会社の方たちも行ったほどだったそうです。
守衛さんたちも、「社員が残っているかちゃんと確認できれば」と悔やんだそうです。
それがきっかけで、ビル内に社員が残っているかどうか確認するために、夜8時になると、エレベーターが変わるシステムになったそうです。
課長の話では、佐伯さんは、働き過ぎで倒れそうな人がエレベーターに乗ると出るそうです。
「佐伯さんが来たんだからな。お前らも働きすぎだから、今日はもう帰って休め。明日も休んでいいぞ」
課長はそう言いました。
偶然かもしれませんが、一緒に居たバイトの男の子は佐伯さんと会った日、少し熱があったそうで、休んだ日に高熱が出たそうです。
課長が休めと言わなければ、無理してその日も来ただろうと言っていました。
今でもハッキリと顔を覚えています。
幽霊と言われたって信じられないほどハッキリとした姿で、人がそこに立っている感じでしたから。
でも、真冬だったのに、半袖ワイシャツだったんですよね。