福耳先生は全てを理解していた

カテゴリー「心霊・幽霊」

中学の頃、霊感があると言われていた凄く目力のある福耳の先生がいた。

二年生の夏に膝を怪我して激しい運動を禁止され私は暇を持て余していた。
持て余す程の暇は私をオカルトの道に引き摺り込んだ。

膝を怪我したあとから視界の端に見えないはずのもの、いわゆる霊、と呼ばれるものが映るようになったのだ。

もちろん初めは気がつかずに怪我の治療で入院中に病院で食事をしているとき入り口に誰かいるよう気がして見たら誰もいない、なんて気のせいで片付けられるものだった。
ソレがはっきり見えるようになったのは、二年生の秋、衣替えが終わった頃だ。

私の中学校では文化祭に割と力を入れていて一年生は看板作り、二年生は教室展示、三年生は演劇をすることに決まっていた。

それとは別に合唱をしなくてはならなくて学年別の課題曲と自由曲をクラスで発表しなくてはいけなかった。

私たちの学年の課題曲はたまたまNコンの課題曲と重なりクラスの合唱部が張り切っていて口パクなんかすると魔女裁判の如く吊るし上げられるのだ。

私はちょうど声変わりの時期で、さらに歌が上手くない、言ってしまえば音痴なので適当な理由をつけて逃げ回っていた。

初めは文芸部室に逃げ込んでいたが福耳の先生に引き摺り出されるので足の病院に行くからと放課後はそそくさと帰ることにした。
この時期、夏に撮った写真のことをNが誰かに話したらしく私は霊感がある、写真を撮らせると霊が写ると噂の人物になっていた。

嫌な行事と嫌な噂は私を学校から遠ざけ当時流行る直前だった携帯のSNSにのめり込ませた。

そのSNSにある地元の中学生限定掲示板で毎晩のように私と同じくあまり学校が好きじゃない学生たちとチャットしていた。

私はその中でも怖い話・オカルト系のチャットによく顔を出し、鏡夜と名乗る隣の中学校に通うやつと仲良くなった。

ある日のこと。
鏡夜を含むオカルト系チャットのメンバーで話していると、誰かが夜中の二時ごろに流星群のピークが来るらしいと言った。
それならそこまで起きていて流星群を見ようと夜中まで適当な話をしていた。

二時になり、私は住宅街にある自宅のベランダに出て夜空を見ると確かにぽつぽつと流れ星があった。
チャットを見ると鏡夜が予想していた流星群と違う(当たり前だ。方角など関係なしに見ていたのだから)からコンビニでも行ってくると書いてあった。

他にもちらほらと想像と違うという書き込みがあり、寝てしまったのか、一気に人数が減ってしまった。

十分も外にいると虫の声も薄気味悪くなってくるし、何より肌寒い。
私があと一つ流れ星を見たら引っ込もうと思っているとコツン、コツンと足音がした。

誰か外に出てたんだ、と思って下を見るとおじさんが歩いていた。
住宅街なので犯罪防止のために玄関の外の電気をつけることが推奨されていて、私の向かいの家も玄関の外の電気が灯っていた。

足音は近くなりおじさんが電気に照らされた瞬間、影だけになって足音が消えた。
光の下にいる間だけ足音が消え、また暗い道に入ると姿と足音がもどる。
あのおじさんは人間ではないのだ、とわかった。

霊と呼ばれるものは私の視界の端に出てくるだけでなく、私の前を歩くくらいに実体を持って現れ始めたのだ。

いままで霊を音で感じたり、写真を媒体にしたりで見たことがあったが、直接この目で見たのは初めてだった。

慌てて家の中に転がり込んで部屋中の電気を着けた。
怖かったのだ。

私は初めての経験をみんなに伝えようとチャットを開いた。
同じタイミングで慌ただしく鏡夜からの書き込みがあった。

『いまコンビニから帰って来たんだけど、途中で女の人の悲鳴が聞こえたから慌てて悲鳴の方に向かったら、赤い服を着た女に襲われて首を締められた。急いで帰ったんだけど、赤い服を着た女、マンションの二階から飛び降りてた。空を浮いたとしか思えない、あれは絶対霊だ。』

そう書かれていた。

読むほどにバカらしく、この年代特有のかまってちゃん的な書き込みだろうと思った。

赤い服の霊は悪霊だと前に盛り上がったことがあったし、霊が飛べるのか否かの議論で鏡夜は飛べる派だったからだ。

私が今しようとしていたことが鏡夜と同じようなことだったので信じてもらえないだろうと結局書かずに携帯を閉じ、眠りについた。

次の日、私は昨日のことを福耳の先生に話すため学校に行こうと思ったが、起きたら遅刻の時間だったので昼から行くことにした。

携帯を開くと鏡夜からメールが来てた。
内容は放課後会いたい・・・だった。

SNSでは禁止されていたが、鏡夜と私は同い年で学校嫌いという共通点で意気投合してメールアドレスを交換していた。
中学も近くだったのでお互い学校に行けた日は中間地点の公園で会ったり、休日はお互いの家で遊んだりしていた。

学校に行くつもりだった私は鏡夜に『わかったいつもの公園で』と返信して身支度を始めた。

学校につくとクラスメイトから相変わらずの社長出勤だな、などと冷やかされ早速帰りたくなっていた。

ちなみに、この時期のあだ名はストレートに”社長”で高校、大学でもついて回った。

放課後になり、私は福耳の先生を探した。
先生は理科準備室で理科の担当教官のT先生とお茶していて、私はそこに図々しく座り込んでお茶を出してもらった。

昨夜見た光の下で消えるおじさんの話をすると、T先生は呆れたように早く寝ないから遅刻するんだと言った。

福耳の先生は何時ものようにじっと私を見つめた。

「それより、今夜は気をつけなさい」

そう小さな子に言い含めるように私に言って、早く帰らないと文化祭の準備に連れてくぞと脅した。

T先生が準備にも出てないのか!と怒り出す気配だったのでお茶のお礼を言って足早に学校を出て鏡夜の元に向かった。

鏡夜はすでに公園のブランコに乗って待っていた。
肌寒くなってきていたが、この時期には早すぎるマフラーを首に巻きつけていた。

私は隣のブランコに座りマフラー暑くないの?と聞いた。

鏡夜はぱっと私の顔を見て『どうしよう・・・』そう小さく漏らした。

「どうしようってどうしたの?」

「あの書き込みの後、お風呂に入ったんだ。入る前は何もなかった。なにもなかったんだよ!出たらこうなってたんだ!」

泣きそうな顔で鏡夜は首のマフラーをとって学ランの第一ボタンを開けた。
そこには首を絞めたような痣が残っていた。

鏡夜は「昨日の女だ!呪いなんじゃないか?」と、ひどく取り乱した。

一通り鏡夜の話を聞いてなだめたあと、焼け石に水程度の知識で風呂に煎った塩を入れれば程度のアドバイスをした。

鏡夜と別れる前、首の痣にそって手を置いた。
親指と親指の間に隙間があって確かに、人の手で絞められたような跡だった。

その夜、担任から電話で協調性がないだのとけちょんけちょんに言われた母に怒られ明日は絶対遅刻せずに学校へ行きなさい、といつもよりだいぶ早くベッドに入れられてしまった。

電気をつけると親が来るし、携帯も取られてしまったので仕方なく寝ることにした。

その夜、夢を見た。
私は学校の自分の席から外の通学路を見ていた。
向こうから白いスーツの貞子のような前髪をした女の人にが歩いている。
女の人は私と目が合うとにこりと笑った。
そこで私は違和感に気づく。

自分の席から通学路を見ることは不可能だ。
二階の通学路が見える教室だったが、私は窓側の席ではなく教壇の真ん前の席だったから。
なぜ通学路が見える?
なぜ白いスーツの女の人は私と目が合ったと気づいた?
なぜ白いスーツの女の人の表情が見える?

これは夢だ、と気づくと白いスーツの女の人は何か囁いた。

はっと目が覚めると時計は4時20分。
あと2時間は寝れると二度寝しよう・・・としたとき周波数があっていないラジオのノイズ音が聞こえた。

丸まって寝ている私はベッドの足元がガラ空きである。
そこに誰かが乗ったようにベッドが沈み軋んだ。

思わず目を開けてしまった私は視界の端に赤い布を見た。

右、左、と徐々にベッドの沈みは上がってきて、視界に映る赤の面積も広がってきていた。

見てはいけない。
全身が私にそう警告している。

目を瞑りたい。
でも、何故だか瞑れない。

いよいよ赤い布が赤い服だとわかった瞬間、全力で目をつぶった。

これは鏡夜の赤い服の女だ・・・。

そう確信したすると耳元で低い男のような伸びた声がこう言った。

「わすれろ」

そのあとは気を失ったのか記憶がない。
というより、これも夢だったのかもしれない。
なぜなら次起きたとき、時計は4時15分で音も聞こえなかったからだ。

ビビリな私は寝汗でびっしょりだったが、眠気に負けて朝まで寝た。

不機嫌な母に普段より早く起こされた私は、これ幸いと早めに学校に行き、朝イチで福耳の先生を捕まえようとしたが捕まらなかった。

結局、その日は福耳の先生を捕まえることが出来ず、放課後も担任にどやされながら文化祭準備と合唱練習に参加させられ、帰るときはとっぷりと日が暮れて真っ暗闇だった。

とぼとぼと歩いていると文芸部室に明かりがついていたので向かってみると、福耳の先生がいた。

私が昨日の夜から今朝にかけての話をすると、先生は「だから気をつけなさいと言ったのに」と言いながら「今朝のニュース見なかったのか」と尋ねてきた。

朝はテレビ見ない派なんです、というと今日の夕刊を貸してくれた。

それは小さな記事で無理心中事件があったと書かれていた。

痴情のもつれで男が女をメッタ刺しで殺してから遺書を残して自分も死んだのだ。

場所はマンションの二階、大まかな住所で鏡夜の家の近くだとわかった。
死亡推定時刻は私たちが流星群を見ていた時だった。

新聞に載っていた被害者の写真は白いスーツを着ていた。
もし、私や鏡夜が見たあの赤い服のが血で染まった白いスーツの女の人だったら、そう思うと悲しくなった。

福耳の先生は言った。

「遺体発見時刻は見たか」

記事にある遺体発見時刻は4時頃だった。

「君が夢で見た白いスーツの女の人は最後になんて言ったんだろうね」

この事件を知った私は鏡夜の家まで行って夢の話をした。
そして福耳の先生に言われたことも話した。

すると鏡夜は今朝起きたら首の痣は無くなっていた、と言った。
「でもなんでその福耳の先生は僕らが見ていたものが事件の被害者だと気がついたんだろうね」

そう言った鏡夜が赤い服の女がいたマンションまで行ってみようと言うので見に行った。

マンションの二階にはブルーシートと黄色いテープが蛍光灯に照らされていた。
私はなんとなく白いスーツの女の人に言われた言葉を思い出していた。

「わたしをみつけて」だ。

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