俺には見えなかった無数の手

カテゴリー「心霊・幽霊」

以下の話は創作ではなく実話なんですが、名前や場景から実際の場所や人物が特定されないよう若干表現を歪めてあります。
また長文が苦手な方は、誠に勝手ではありますがスルー願います。
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中学生時代の友達で「ゆうちゃん」というヤツがいた。
彼は直感が優れていて、何かの危険が迫っていると「嫌な感じがする」と呟き、さりげなく回避行動に出られるタイプの男だった。

俺達も何度となくこの不思議な直感に助けられていたので、彼がこのような言葉を呟いた時にはよく話を聞き、これから起こそうとしていた行動を自粛したり、予定を変更することが度々あった。

そんなある時、俺らの遊び仲間に新たな仲間が加わった。
東京から家庭の事情で引っ越してきた「トミー」という男で、成績もよく上品な奴だったのだが、なぜか粗野で成績の悪い俺らのグループにサラッと溶け込んできたのだ。

最初は違和感もあったが、俺らもトミーを快く仲間として受け入れた。

トミーは自称霊感のあるタイプだとかで、はっきり見えるわけではないものの、時々強く嫌な気配を感じたりしていたらしい。

俺達にはよくわからないものの、霊的な部分で危険が迫っている場合は直ちに警告を出してくれていた。

ただ、正直俺らは霊感というものについて、どうも今ひとつピンと来ていなかった。

ゆうちゃんの感じる直感的な危険とは少々違うものらしく、ゆうちゃんとトミーが一緒にいても同じタイミングで二人が同時に危険を感じることはあまりなかったのだ。

俺らは学校がある日はもちろん、学校が休みの日も可能な限り集まって一緒に遊んでいたのだが、二人が口を揃えて「嫌な感じがする」と言ったことは、ほとんど無かったと思う。
あの時までは・・・。

ある休日の午前中、俺らは例によって集まった後、自転車で近くのサイクリングコースへ出かけることにした。

このサイクリングコースは川沿いに設けられたもので、しばらく進むと山が切り崩されたような形の土の崖が出てくるので、崖の近くに自転車を止めてよじ登り、段ボールをソリ代わりに滑り降りたりして遊ぶことがあったのだ。

時折通りかかる大人が大声で「ここの崖は崩れるから危ないぞ」などと注意してくるのだが、俺達はお構いなしだった。

しばらく登ったり滑り降りたりを繰り返して遊んでいると、メンバーの一人が崖沿いに100m程奥へ入った壁の部分にポッカリと口をあける直径1m程度の横穴を見つけた。

この穴はサイクリングコースからは見えない死角の部分になっており、崖に登って頂上付近から見なければ見えない場所に位置するので、子供にしか見つけることが出来ないような場所だったと思う。

俺達はこれまで何度かこの場所に遊びに来ていたのだが、そのような穴があることには全く気が付いていなかったので、新しい冒険の予感にワクワクしながら、さっそく見に行くことにした。

横穴のある壁の手前には崖がかなり切り立った部分があって、足を滑らせて落ちたら確実に大怪我、下手をすると死ぬかもしれないような危険な場所がある。

その切り立った崖の下はちょっとした林のようになっているため、その木が死角となってサイクリングコースからは穴が見えないのだ。

普通の子供ならその部分に差し掛かった段階で行くのをためらうのだが、当時の俺らは怖いもの知らずの「やんちゃ」なグループだった。

危険な場所を慎重に進みながら、なんとか穴にたどり着く。
中を覗くと5m程度先まではなんとか見えるのだが、それより奥は完全な闇になっており、懐中電灯がなければどうなっているのかがわからない。

その穴の奥を見ようとして代わる代わる首を突っ込んでいた俺達だったが、ゆうちゃんとトミーが中を覗き込んだ瞬間、二人ともそれぞれ異なる反応を示しながら、みるみる顔が青ざめていった。

二人は口々に「ここの穴はスゲー嫌な感じがする。絶対に入らないほうがいい。」と主張し始めた。

特にトミーの狼狽ぶりは酷く、穴を覗きこんだ瞬間、目を見開き、雷に打たれたようにのけぞったかと思うと、反射的に穴から遠ざかる様子を見せた。

まるで何かの発作でも起こったのかというようなものすごい反応だったので、見ていた俺達のほうがびっくりしてしまったほどだった。

ガタガタ震えながら一刻も早くここから逃げ出したいと訴えている。

二人に詳しい理由を聞いたのだが、ゆうちゃんにははっきりとした理由がわからないようだった。

しかし、トミーは今まで見たことが無いものが見えたというだけで、見えたものについてはガンとして話そうとはせず、早くこの場を離れたいと訴え続けて冷や汗をかき始めた。

それまで俺らはその穴に入る気満々だったのだが、この二人が口を揃えて警告したので、一気に冒険心が冷めてしまい、それどころかこの場所にいることが恐ろしくなってきて、来た道を慎重に戻り、その日はそのまま帰ることにした。

その後もトミーは何を見たのか全く話してはくれなかった。

その翌週、俺達の見に行った例の穴で凄惨な事故が発生した。
俺達のように例の穴を見つけた同年代の子供達数人が、その穴に入ったのだが、その直後に崖崩れが起こり、例の穴が完全に潰れてしまったというのだ。

その時一緒に遊んでいた子供のうち、被害に遭わなかった者が慌てて大人を呼びに行ったが、穴のある場所がとても悪い場所にあり、救出は困難を極めたらしい。

結局その穴に入り込んでいた3人の子供が帰らぬ人となった。

その事件の話題で地元が大騒ぎになると、俺達は互いの幸運を実感し、ゆうちゃんやトミーのお陰で難を逃れられたことに心底感謝した。

しかし、そうなれば益々トミーが何を見たのかが気になってしまう。
しつこく食い下がる俺達の要求に折れたトミーは、諦めたような表情を見せてから渋々と語り始めた。

トミーが例の穴を覗きこんだ時、その穴は少なくとも10m程度先までは見えたらしい。

日の光が届くのはせいぜい5m程度だったのだが、彼には霊的な力のお陰で、それよりも先の暗闇が見えたらしいのだ。

日の光が届かない暗闇のすぐ先には、青白い無数の腕が中から這い出して来ようと必死にもがいており、さらにその奥には広大な空間があって一度引き込まれたら、決して戻って来られないような印象の恐ろしい闇が広がっていたという。

物理的なその穴は、おそらく日の光が届かない5mよりももう少し深いだけで、実際には10mも深さはないと思うとも話していたが、あの穴に入れば確実に引き込まれるということだけはわかったというのだ。

そして、這い出て来ようとする無数の腕よりも、その先に広がる広大で身の毛のよだつ様な暗闇のほうが圧倒的に恐ろしく、あの穴を覗き込めるほど近付くまで、その存在にすら気がつかなかったことにも、心底恐怖を感じたらしい。

後になってわかったことなのだが、その崖は以前から何度となく崖崩れを起こしていたようだ。

数十年に一度の割合で忘れられたころに同様の事故が起こり、その都度子供が巻き込まれて亡くなっているらしい。

毎回その横穴は崖崩れによって完全に潰されているにもかかわらず、いつの間にかポッカリと口を開いており、それを見つけた不運な子供が吸い込まれるように入り込んで、生き埋めになっているというのだ。

川の横にある崖の奥の横穴には決して近付かないほうが良いと思う。
その穴の先には多くの苦しみから抜け出そうとし、また、そこへ仲間を引き込もうとする何者かが、手ぐすねを引いて待っているのかもしれない。

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