友人の話。
彼は幼年期を山中の実家で過ごしたのだが、時々不思議な体験をしたのだという。
小学校に上がったばかりの真冬日、とある一軒家の傍らを通り過ぎようとした。
その時、板塀の向こうから「ザパァッ」と水の流れる音がした。
背伸びをすれば届く位置に、良い塩梅に節穴が空いてある。
「何してるんだろう?」
好奇心から覗いてみた。
向こう側は小さな庭になっていて、そこで誰かが行水をしていた。
大人の女性だ。
白い背中が柔らかく水を弾いている。
慌てて目を離し、気付かれる前に逃げ出すことにした。
しばらく走ってから、ハッと思い出す。
「・・・あそこって確か、誰も住んでいない荒ら屋じゃなかったっけ?」
間違いない、悪友とこっそり入り込んで、探検ごっこをした記憶がある。
加えて今の季節は冬だ。
とても行水などする者はいない。
恐る恐る引き返して、もう一度中を覗き込んでみた。
見えるのは、記憶通りの荒れた廃屋の姿だけ。
あの裸身はおろか、置いてあった手桶や盥まで、影も形も無くなっていた。
後に聞かされたのだが、彼が見たモノは“行水女房”と呼ばれていて、村ではそれなりに有名な怪であったらしい。
怪と言っても、ただ背を向けた女の裸が覗き見えるだけのもので、何ら害はない。
来歴は不明だが、いつの頃からか件の廃屋に出るようになったのだという。
これを目撃するのは、決まって男性に限られていたとのことだ。
以来彼が行水女房を見たことはなく、件の廃屋も現在は駐車場になっている。
「今の俺だったら、双方納得がいくまで、しっかりと覗いてあげるのになぁ」
彼は心底残念そうに嘆いた。