知り合いの話。
ロッククライミングをするために岩場へ向かう途中のこと。
狭い登山道の向こうから、誰かが歩いてきたという。
片足を引き引き、頭も左右にふらふらと、奇妙な歩き方をしていた。
さては怪我でもしたのかと、彼は小走りに駆けよった。
登山者は近くで見ると、それはひどい有様だったらしい。
折れた手足からは骨が突き出し、シャツはどす黒く染まっていた。
頭の鉢は欠けて脳漿らしきものがこぼれている。
歩いてはいたが、明らかに滑落死体だった。
しかし、それ以上に彼を恐怖させたのは、その登山者の顔だった。
虚ろな目を見開いたその顔は、間違いなく彼自身のものだったのだ。
硬直した彼の横を通り過ぎ、彼の亡骸は麓の方へ下っていった。
彼はその日、予定していた岩登りを取り止めたという。