これは私が中学校を卒業する頃、国語の先生から聞いた話です。
曖昧な記憶を辿って書いているので、矛盾があるかもしれません。
先生は授業の終わりに時間が余ると、先生自身が体験した怖い話を皆に聞かせてくれました。
先生の「持ちネタ」は全部で四つあり(私は転校生だったので結局一つしか聞けませんでしたが)これはその内の一つだそうです。
先生の中学校は三階建てで、歴史ある学校だったそうです。
主な部屋は普通の中学校と何ら変わりませんが、一階の廊下に絶対に開かない、何の表記も無い扉がありました。
扉には南京錠が掛けられており、材質は他と同じ木で出来た簡単な扉。
入学当初は開かずの扉と言われ少し話題になりましたが、先生の先輩や学校の教員が扉について何も言わないので、先生達も扉に関しては気にしなくなりました。
二年生の冬の頃。
放課後に友人達(先生の他にA、B、C)と例の廊下を歩いていると、突然Bが声をあげました。
「おい!開かずの扉開いてんじゃん!」
見ると、あの絶対に開かなかった扉が、押し扉だったようで、薄暗い向こう側に向かって大きく開いていたのです。
すぐ近くに外された南京錠が落ちていて、ついに誰かが開けたんだろうと騒いでいました。
中を覗くと、コンクリートの階段が下に続いて広がっているのが見えます。
廊下は日が当たらず、階段の下に何があるかは分かりません。
友人と話し合い、肝試しとして降りてみる流れになりました。
先生とAは反対しましたが、BとCは行く気満々で、Cが
「俺、家から懐中電灯取ってくる」
と走っていってしまったそうです。
しばらくしてCが四本の懐中電灯を持って帰って来た後、Bが校庭から持ってきたビー玉ほどの石を投げてみました。
かつんかつーんかつーんかつーん・・・と落ちていき、しばらく落ちたあとそこで音は止まります。
結構深いと分かって、皆は先生も含め好奇心が最高潮に達していました。
我慢しきれなくなって、BとCが先行して降りていきました。
残った二人はBとCが見えなくなると、すぐに耳を澄ませます。
かつーん、かつーん、かつーん
音は段々小さくなっていき、やがて聞こえなくなります。
先生が、周りに聞こえないようなくらいの声で
「おーい大丈夫かー」
と言います。
どうやら地下は広いらしく、思ったより声が響きます。
しかし、返事は帰ってきません。
何かあったんじゃないかと言う緊張が二人を包みます。
Aと顔を見合わせ、どうしようかと二人でそわそわしていましたが、ついに痺れを切らしたAは
「二人で驚かそうとしてるんだろ」
と降りていきます。
Aの足音が聞こえなくなってから1分ほど立って、また先生が
「おーい!」
と声を出すと、さっきより大きく響きます。
が、先行した二人もAも、返事をしない。
どうしようかと迷っていた先生は、夕暮れの廊下に開かずの扉の前で一人で居ることが怖くなったそうです。
意を決して階段を降りていきました。
階段は奇妙な形になっており、扉と同じ幅のものが少しだけ蛇行して続いていました。
懐中電灯で照らしても先の方は良く見えません。
ふいに階段が終わります。
照らすと、そこには皆が。
こっちをちょっと見ると、直ぐに各々の懐中電灯の先に視線を戻して遅かったなとか言って、直ぐに辺りを探索し始めます。
ぐるりと照らしてみると、ここが大きな地下室であることが分かりました。
ちょうど教室ほどの大きさで、床も壁も階段と同じコンクリートで出来ています。
「何もないじゃん」
と誰かが悪態をつきました。
声が直ぐに響くので、誰が何を言ったか分からないのです。
しばらく探してみても、埃や折れた鉛筆などが落ちているばかりで、特にこれといったものはない。
飽きて帰ろうと言おうとしたその時
がっ
という、石を蹴飛ばしたような、変な音がしました。
ひっという誰かの驚いたような声がしたかと思うと
「あああああああああ」
と、声をあげてBが走り始めました。
大声だったのですぐにBだと分かったのです。
急に大声が聞こえたので、皆パニックになりました。
Bの階段を掛け上がる音を聞いたのか、Aも階段へ向かって走り始めました。
先生とCはすぐには動けず、先生が数秒してから階段へ走ります。
あまりにも急いでいて、しかも突然の事態に足が追い付かず先生は床へ転けてしまいました。
すぐ隣をCが駆け抜け、階段を上がっていきます。
必死になって立ち上がろうとしたとき、右足に湿った感触が走りました。
脹ら脛を、人間の手が掴んでいるのです。
それも普通のではなくしわくちゃになったミイラのような細い手。
半分暴れるような形で、その手を蹴飛ばして振り払い、蛇行した階段を掛け上がっていくと、廊下が見えてきました。
他のみんなはもう上りきっており、早く!早く!と急かしています。
あと少し、もう一歩と言うところで、不意に
ヒュッ
と、何かが頬を掠めました。
先生は廊下に倒れ込み、Bがすぐに扉を閉めます。
息を切らして、ふと足元を見ました。
入る前にBが投げた石が転がっていました。頬を掠めたのはこの石でした。
何かがこれを投げ返してきたのです。
しばらく皆で、怯えながら扉を警戒していましたが、一向に開きません。追っては来ないと安心し、Cが改めて口を開きます。
「お前なんで急に逃げ出したんだよ!」
「足を誰かに捕まれたんだよ!」
Bの返答に、皆動けなくなります。
Bが見せつけるように差し出した足に、はっきりと黒い手形が付いていたからです。
それを見て、思わず先生が先程の脹ら脛を出してみるとそこには手形が。それも五本指ではなく、太い三本指の。
それからのことはよく覚えていないそうです。
それ以来、先生達はあの扉に近付かなかったとか。
一体、地下には何が居たんでしょうか。