八尺様を閉じ込めた

カテゴリー「心霊・幽霊」

今から20年前、ある女性が大阪の企業に勤めていた。
毎日続く激務に疲れ果て、そろそろ転職しようかと思っていた頃の話である。

その企業の社宅の女子寮というのが、山奥の骨董品のようなボロアパートだった。
かろうじてユニットバスをつけただけの古アパートを嫌い、その社宅に住んでいるのはその人だけだった。
会社が家賃の大半を払ってくれていることと、静かで環境が良かったためだという。

ある日、激務を終えて夜中にへとへとになって帰ってくると、自分の部屋に明かりが点いている。
「おかしいな、消し忘れたのか?」と思っていたが、それからもしばし消したはずの部屋の電気が家に帰って来ると点いていることがあった。
会社の総務部に言って点検してもらったが、異常はなかったという。

そのアパートには通常の階段の他に非常階段があり、その人の部屋は正面から見て左端にあった。
そんなわけで、彼女は疲れ果てて帰ってくるとアパートの左端にある非常階段を使って部屋に帰っていた。

その日の仕事も深夜になった。
くたびれて非常階段を登り、非常扉を開けると、人がいた。
その人を見た瞬間、体験者はぞくっと寒気を感じたという。

そこにいたのは女性だった。
しかし、知り合いではなかった。
見たこともないような物凄い長身の女性で、白い、フリル付きのワンピースを着ていたという。
しかもそのワンピースは汚れており、あちこちに枯れ葉がついている有様であった。
汚れた白い靴に穴の開いたストッキング、パサパサになった長髪には、すり切れかかったリボンが結ばれていたという。

「このアパートに私以外の住人はいない、ホームレスだろうか?」と、そんなことを考え、部屋に入ろうとバッグから鍵を取り出した瞬間だった。

「ひーぃぃいいいいーーー」

悲鳴とも笑い声ともつかない絶叫が廊下に響き渡った。

体験者は肝を潰してその女を見たという。
するとワンピースの女は、一歩一歩こちらに歩み寄ってきたのだという。
薄暗い廊下の中で、そのワンピースの女をよく見ると、肌が異様に白く、目の周りは汚れて落ち窪んでいた。
その瞬間、体験者はこの女がこの世の者ではないとわかって、背筋が凍りついた。

「ひーぃぃいいいいーーー」

また甲高い声が女から発し、身の危険を感じた体験者は非常扉の外に飛び出た。
ゆらゆらと揺れるワンピースの女の影が非常扉の窓に映しだされた瞬間だった。

「バン!」

「ひーぃぃいいいいーーー」

ワンピースの女が非常扉にぶつかる物凄い音が非常階段に響き渡り、同時にあの絶叫が耳を劈いた。

体験者:「あっちに行って!あっちに行って!」

祈るような気持ちで非常扉のドアノブを握っていると、女の影が窓から離れ、あの絶叫が徐々に遠ざかっていったという。
しばらくして、体験者は恐る恐る非常扉を開け、廊下の向こうを見た。

まだあのワンピースの女はそこにいたが、こちらに背を向け、廊下の向こうにゆらゆらと歩いてゆく。
そのとき、この女の目をかすめるには今しかない!という直感が体験者を貫いたのだという。
体験者は非常扉から飛び出るや、急いで部屋の鍵をドアノブに差し込み、自分の部屋に入って鍵を掛けた。

部屋の電気はまた点いていたという。
だが、この時だけはその奇妙な事態に感謝したという。

しばらく部屋で息を殺していると、やがて廊下から物音が聞こえなくなった。
「もういいだろう・・・」と、体験者はそっと台所横の窓に近づき、窓から廊下を覗いてみた。

女は、まだそこにいた。

「うわっ!」と思った瞬間、こちらに背を向けていた女がこちらを振り向いた。

「ひーぃぃいいいいーーー」

またあの絶叫が廊下に響き渡った。
体験者は部屋に逃げ込んだことを後悔したという。
鍵を掛けたはいいが、あの女に見つかったら逃げ場がない。

体験者は押入れから布団を引っ張り出し、頭から布団をひっかぶってガタガタ震えるしかなかった。
その隙間から台所の窓を覗くと、その白い女の肩の部分が窓から見えたという。

「バン!」

あの女が、先ほどと同じように非常扉に激突する音が聞こえた。
あまりの恐怖に、体験者は「なんで私がこんな目に」とボロボロと涙を流しながら震えていたという。

「ひーぃぃいいいいーーー」

またあの声だ。体験者は布団の隙間から窓を覗いた。
女の薄汚れたワンピースを見て、体験者はぎょっとしたという。

さっき窓に映った時は、確かに女の肩が窓に写っていた。
だが、今は肩が見えない。
ただでさえ化物のように身長が高い女の肩が、まるで急に伸びたかのように見えたのだという。

体験者:「どういうことだ、女の身長が伸びているとでも言うのか?」

そう思った瞬間、あの女の姿が窓のところで止まった。

「ひーぃぃいいいいーーー」

一分、五分、十分・・・例えようもなく長い時間が過ぎ、体験者は布団から顔を出し、窓を見てみた。
その瞬間、気絶しそうになったという。

あの女の顔が、廊下の窓にべったりと張り付いていたのだという。

「ひーぃぃいいいいーーー」

体験者:「ついに見つかった!」

女の両手が窓枠に掛けられ、(もうだめだ・・・・・・)と体験者が絶望した瞬間だった。

「ドン!シャーーーン!!」

物凄い音と金属音が聞こえ、その音に頭を蹴飛ばされるようにして、体験者の体に自由が戻ったのだという。
同時に、窓に張り付いたワンピースの女でさえもが、ビクッと見を震わせたのがはっきりと見えた。

「ドン!シャーーーン!!」

またもう一度あの金属音が聞こえた瞬間、今度は低い男性の声で読経が響き始めたという。
ふと気がつくと、さっきは見えなかったはずのあの女の肩が見えて、体験者は目を剥いた。

体験者:「縮んでる・・・・・・」

体験者はそう思ったという。
ワンピースの女が窓から離れ、再びフラフラと非常扉の方に歩き出すのが見えた。

体験者:「誰かが助けに来てくれた!?」

そう思うと急に力が湧いてきて、体験者は布団から飛び出し、廊下を覗いてみた。
そこに立っていたのは、半円形の笠を被ったお坊さんだったという。

顔は笠で見えず、身なりこそ女と同じように汚れていたが、手には立派な錫杖を持っていた。
そのお坊さんが錫杖の先を床に振り下ろすたび、「ドン!シャーーーン!!」と凄い金属音が鳴るのだという。

すると、あの女がそのお坊さんに引き寄せられるようにしてフラフラと歩き出した。

体験者:「逃げ出すなら今しかない!」

体験者は慌てて荷物をまとめたバッグを持ち、ドアをそっと開けて廊下に出た。

見ると、あのお坊さんを見下ろすようにして、あの白いワンピースの女がこちらに背を向けて立っていた。
化物のように巨大な見下ろされているお坊さんは、それでも唱える読経には全く乱れがなかったという。

体験者:「このお坊さんは強い、あの女をきっと退治してくれる!」

急に勇気と安心感が湧いてきた女性は、部屋を飛び出して非常階段に走ったという。
最後に体験者が背後を振り返ると、そのお坊さんに射すくめられ、微動だにしないあの白い女の姿があった。

「ドン!シャーーーン!!」

「ひーぃぃいいいいーーー・・・・・・」

お坊さんが錫杖を床に叩き付けるたびに、女の方がビクッと震え、その度に見上げるように高かった女の身長が縮んでゆく。
間違いなかった。
お坊さんが錫杖を鳴らす度、女は小さく小さく、どんどんと縮んでいっていたのだ。

もういい、これは最後まで見てはいけないと、体験者はアパートを飛び出した。
アパートを離れ、必死に走っていると、不意に体が軽くなり、もう大丈夫だという安心感が全身を弛緩させたという。

「ドン!シャーーーン!!」

ふとアパートを振り返ると、あのお坊さんの錫杖の音が小さく聞こえたという。

「ひーぃぃーー・・・・・・」

もう悲鳴とも言えないほど小さくなったあの女の声が最後に聞こえた瞬間、何故か点いていたアパートの電気がフッと消えるのが見えたという。

そのまま体験者は友人の家に転がり込み、今しがた起こったことを説明したという。
「怖いからやめて!」と途中で友人に話を遮られたが、それが却って、体験者に奇妙な安心を覚えさせたという。

そのおかげでその会社をやめる決心がついた体験者は、ほどなくして会社を退職し、今は東京で暮らしているという。

以上だ。
最初こそノリコシ入道のような怪物なのかと思ったが、読んでいる内にこれは正しく八尺様だと思い当たったので書いてみた。

八尺様の「ぽぽぽ・・・・・・」ではないが、「ひーぃぃいいいいーーー」と繰り返される絶叫が気になった。
さらに、白いワンピース、八尺ほどもある天を衝く長身というところに八尺様との共通点を見た。

八尺様は封印されていたというが、もしこの女が八尺様だとすると、八尺様は結界に閉じ込められたのではなく、こういう強力な存在をくっつけられて封印されたのではないかとも思う。

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