深夜の来客

カテゴリー「心霊・幽霊」

大学卒業後からずっとアパートの4階で一人暮らしをしており、月に1度くらいの友人との宅飲みをのぞけば、来客がほとんどゼロの静かな部屋でそれなりに快適に過ごしてきた。

ある夜、近所のコンビニで酒とつまみを買い足しに出掛けて、10分ほどでアパートに戻ってきたのだが、なぜか1階にある郵便受けが完全に開いた状態になっていた。

もともとポストに鍵なんて掛けてないから別段気にするほどの事でもなかったのだが、他の号室の郵便受けはしっかり閉じている中、自分の部屋のポストだけが不自然に全開にされているのは少し気味が悪かった。
ただその時はあまり気に留めず、郵便受けをパタンと手で閉じて、そのまま階段をのぼり自分の部屋に戻った。

ほろ酔い程度に酒を飲んで、座椅子に寄りかかりながら良い気分でテレビを眺めていた時だった。

「ピンポーン」

チャイムが鳴り、それに続いて、「ごめんくださーい」と中年男性らしきやや太めの声が聞こえた。

時刻は午後11時をまわっていた。
テレビの音量は控えめだったし、窓も閉じていたため、苦情はまず有り得ないだろうと思っていたのだが、この時に胸騒ぎというか、嫌な予感がしていた。

なぜなら、先ほど下の郵便受けが自分の号室のところだけ不自然に開かれていたことを思い出したからだった。
今にして思えば、あのポストはひとりでに開いたのではなく、誰かに開けられたものだったように思う。

嫌な気持ちを抑えつつ、玄関のドアを開けようと照明のスイッチを入れた。
オレンジ色の白熱灯が玄関付近を照らし出したとき、ドアの向こうで「コン、コン、コン、コン、コン」
と変な音が聞こえた。
その音はドアの間近で鳴っており、ノックというよりは何か固いものをドアにぶつけているような音だった。

「コン、コン、コン」という音はしだいに大きくなり、「カン、カン、カン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン!ガン!」と、ますます激しい音になっていった。

アパートのドアには小さな穴があり、それを通してドアの外側に立つ来客を屋内側から覗けるようになっている。
来訪者がいったい何をしているのか確認しようとその穴を覗くと、あまりの光景に全身が凍りついた。

ドアの向こうには、見知らぬ女が後ろ向きに立っていた。
まず目に入ったのはバサリと垂れた真っ黒の長い髪。
こちらに後頭部を向ける姿勢で突っ立っていて、こちら側からその女の顔はまったく見えなかった。

その女は真っ白の浴衣のような着物を着ており、まるで棺桶に入った死者のような姿をしていた。
想像して欲しい。
アパートの鉄製のドアの向こうに立つ、白い着物の女の後ろ姿を。
あまりにも不自然な光景を目の当たりにして、途方もない絶望感だけが全身を支配していた。

例の音はさっきよりも恐ろしい大きさになり、「ガン、ガッ、、ガン、ガン、ガン!」と、とんでもない音量で響いていた。

しかし、ドアの向こうの女は何の前触れもなく視界からフッと消えて、音も聞こえなくなった。
なぜかその時、自分の命が助かったんだという妙な実感?が湧いて、ドアを開けることができた。
女が立っていたはずの場所には何もなかった。
念のため1階のポストの中身も確認したが、チラシ一つ入ってはいなかった。

これまで来客自体が皆無といっていい部屋だったのだが、この日の来客だけは明らかにマトモな人間ではなかったと確信している。

全開にされた郵便受けとの因果関係は分からない。
やはりあれは幽霊か何かだったのだろうか。
今も、1階の郵便受けを見るたびに自分のところだけ開いているのを思い出し、ヒヤヒヤしている。

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