松明を消すな!

ある特別な時期に、数日間に渡って同じ夢を見た。
自分がいつの間にか小学生くらいの男の子に戻っていて、自分の目の前にはやはり同じくらいの年頃の男の子がもう一人。
そして、我々のさらに前には、とても痩せているものの知的な雰囲気を漂わせるお年寄りが一人いた。

そのお年寄りは清潔そうな白い髪と髭を長く伸ばし、同じく白っぽいゆったりした服を着ている。
なんとなく体の輪郭全体から、うっすらと光が差しているような雰囲気なので、何か神聖な存在なのかなぁというのが、おぼろげながらわかるのだ。
その三人が道幅2m程度の細くて平坦な未舗装路を、縦一列に並んで歩いていた。
道の両端はまるでトウモロコシ畑のような背の高い植物が鬱蒼と茂っていて、我々は用意されたまっすぐの道だけを、迷うことなくひたすら歩き続けていたのだ。

ふと一番先頭を歩くお年寄りが立ち止まって、我々の方を振り返り、次のようなことを話し始めた。

お年寄り:「ここまではとても平坦で、安全な道のりだったので迷うことは無かった。しかし、ここから先は違う。ここから先の道は険しい山道で、明かりが無ければ自分の足元を見ることも出来ない程の、完全な暗闇になるだろう」

そう言われてふと前方を見ると、我々はいつの間にか険しい森の入り口に立っており、その先にはとても細い獣道のような、辛うじて道とわかる道が見えていた。
その道はお年寄りの言葉どおり、やや登り勾配になっていて、ずっと先の山の奥まで続いているようだ。
道はそれ以外になく、避けて通ることは出来そうにない。

辺りは夕暮れ時になり、これまで来た道を振り返ると、既に薄暗くなり始めている。
この先の道も急速に見通しが悪くなりつつあり、見える範囲が刻一刻と狭くなっていく。
そして、お年寄りが先ほどの話の続きを話し始めた・・・。

お年寄り:「この森に入る前に、これから松明を一つだけ手渡そうと思う。この松明の火は決して絶やしてはならぬ。もし火を絶やせば、その瞬間完全な闇に飲み込まれてしまう。この森の中には至る所に深い穴がぽっかりと口を開けており、そこに落ちたら二度と這い出すことは出来ないだろう。また、じっとその場に立ち尽くしていたとしても、この森に潜む『忌まわしい存在』に引きずり込まれてしまう。もし一度引きずり込まれたら、やはり二度と戻って来ることは出来ないだろう。この松明をどちらが持つのかね?」

すると目の前にいた男の子が俺のほうを振り返って、じっと俺の目を見つめてきた。
その目は真剣そのもので、俺の目を通して俺の心の中まで見通そうとしているかのようだ。
その子の顔は、以前どこかで見たことがあるような気がするものの、どこで見たのかはどうしても思い出せなかった。
だけど、なぜか『まったくの他人ではない』ということだけはわかり、俺はその男の子に対して奇妙な親近感を感じたのだ。

一言で言えばガキ大将のような雰囲気を持つその男の子は、俺の目を数秒間見つめてから、ふと口を開いた。

男の子:「お前がこの松明を持っていてくれるか?」
俺:「うん、いいよ」
お年寄り:「これから松明に火を灯す。先ほども注意したが、この森に入ってからは決して火を絶やしてはならないぞ。この森の中の『忌まわしい存在』は、直接火を消すことは出来ないだろう。しかし、お前を騙して火を消させようとするかもしれない。だから、決して松明から手を離してはならないぞ。何があっても決して手を離してはならないぞ」

俺:「はい、わかりました」

そう答えて恐る恐る松明を受け取る。
松明に火が灯ると、その炎はとても力強く、簡単に消えそうには見えなかった。

男の子:「お前に任せたぞ。決して火を絶やさないでくれよ。頼んだぞ・・・。頼んだぞ・・・」

その男の子の『頼んだぞ』という妙にハッキリした声で目が覚めた。
その夢が何を意味しているのかは、その時点ではさっぱりわからなかった。

その日はとても大変な一日になった。
明日、多くの来客があるということで、その準備に追われたのだ。
家族みんなで力を合わせて決めるべきことを決め、手配すべきことを手配して万全の準備を整える。

そしてまた夜が訪れた。
大変な一日だったので、すぐに眠りにつくことができた。
明け方近くなって、またあの夢の続きを見た・・・。

俺たち3人は森の入り口から、恐る恐る山道に足を踏み入れた。
道の両隣は、鬱蒼と生い茂る見たことも無い木や葉で覆われている。
松明の明かりを左右にかざしてみると、いずれも視界は5m程度しかなく、その先はまったく見ることが出来ない漆黒の闇なのだ。

そしてその視界のすぐ外側には、姿・形は見えないものの、何かとてつもなく恐ろしいものが多数潜んでいる気配があり、松明の火が消えるのを、今か今かと待ち望んでいるようだ。

俺たち3人はお互いに、はぐれないよう固まって移動していたのだが、闇の奥の恐ろしい存在を気にしまいとすればするほど気になって、ついついその場で足を止めてしまった。
松明の明かりを持ち上げたり、森の奥へかざしたりして、視界の外の闇の中を見極めようとする。

しばらくして、ふと前を見ると、先頭の二人がはるか彼方を歩いている。
周囲は真っ暗なのに、不思議とその二人の後ろ姿や、そこまでの道のりだけはうっすらと見えるのだ。

二人から離されたことに驚いて走って近づこうとしたのだが、急に視界からその二人がスーッと消えてしまった。

その瞬間、いきなり子供時代の自分から、大人になった今現在の自分に戻ったのを感じた。
場所も寒気のする真っ暗な森から、暖かく明るい実家の居間に移っており、俺はソファーに座ってテレビを見ながら、くつろいだ気分に浸っている。
台所には母と、母の親友が一緒におり、仲良く料理を作っているようだ。
すると何の脈略もなく突然、庭先から男性の大きな叫び声が聞こえてきた。

男性:「森の奥の、闇の中の生物の正体がわかったぞ!早く来てくれ!正体がわかったぞ!」
俺はギョッとして、そのままソファーに腰を下ろしている。
すると母と母の親友が台所から興味津々の様子で駆けつけて、庭先へ出て行った。
そこで母の親友が「ぎゃあ!」と苦しげな大声を上げる。

何事か??と思って庭先に出てみると、母の親友が庭先に倒れており、母がその親友を気遣ってオロオロとしている様子が目に飛び込んできた。

母の親友は「痛い!痛い!」と大きな叫び声を上げ続けているので、恐る恐る近づいて見てみると、太ももの辺りからなぜか斜に切った竹が突き抜けていて、見るからに重症になっているではないか!

一刻を争う事態に慌てて、携帯電話をポケットから取り出し救急車を呼ぼうとしたのだが、どうしてもうまくいかない。
ポケットに手を突っ込もうとするのだが、何か変なものを持っているため、ポケットに引っかかって手が入らないのだ。
そこで、一旦しゃがんで手に持っているものを地面に置こうとした。

その瞬間、耳元で「松明の火を消すな!」という怒鳴り声が聞こえてきた。
ビクッとなって、しゃがみ込んだ状態のまま凍りつく俺・・・。
ふと視線を手に戻すと、今にも消え入りそうな頼りない明かりが目に飛び込んできた。

いつのまにか周囲の風景が、先ほどの真っ暗な森に戻っており、地面に置こうとしていたのが、松明であることに気がついたのだ。
松明の火はまさに風前の灯火のような状態になっており、わずかに残った小さな火が、辛うじて周囲の闇を押しのけていた。
そこでもう一度「松明の火を消すな!」という声が耳元で聞こえ、その声に驚いて目が覚めた。
目が覚めた後も、ハッキリとその叫び声が耳に残っていた。

その日は父のお通夜だった。
俺にはその時になっても、この夢の意味がよくわからなかった。
そもそも『夢に意味などあるはずが無い』と思って、気にしないことにしたのだ。
ところが、どうしてもあの叫び声が耳にこだましていて、拭い去ろうと思えば思うほど気になってくる。

そこでお通夜の時、一緒に夜通し線香をあげてくれるという親切な母方の叔父に、恥ずかしながらその夢の話を打ち明けてみた。

俺の話を静かに聞いていた叔父は、その後ポツリと次のようなことを語り始めた。

叔父:「もしかしたらその夢は、お通夜の時に線香の火を絶やさないでくれという、お父さんのメッセージだったのではないのかな?」

叔父によると、どのくらい昔の話なのかはよくわからないものの、ほんの少し前までの日本には、多くの地域で死者を土葬にする習慣があり、亡くなった人を地面に埋めた後、何も処置をせずに放置すると、獣が地面を掘り返して、亡骸を食い荒らすことがよくあったのだそうだ。

そうした悲劇を避けるため、埋葬した後しばらくは火を絶やさず、火と煙(香り)の力で獣を近寄せなかったという習慣の名残が、お通夜で線香を絶やさないという作法に繋がっているらしい。

俺は正直、こう言ってはなんだが、死後の世界を信じていないし、特定の宗教も信仰してはいない、ぶっちゃけ不信心者の現実主義者なので、父の死は耐え難い辛さであったものの、お通夜や葬儀という儀式自体は単なる茶番だと心底思っていたのだ。

だから、線香の火を絶やさないという『しきたり』についても、意味も知らず、心のどこかでそれを軽んじていた。
人の目を盗んで一度試しに線香を消してみようかとさえ思ったほどだ。
だが、あのような恐ろしく険しい、真っ暗な山道を、これから父がたった一人きりで進もうとしているのではないかと思うと、胸が締め付けられるような苦しい気持ちになり、そのような『しきたり』を決して軽んじてはならないという気持ちになった。

今は便利な時代になり、蚊取り線香を細くしたような渦巻状の線香がある。
この線香は、一度火を点けると12時間近く火が灯っているそうだ。
だが、長男である俺は父から火を絶やさないよう頼まれたのだと思い、その線香とは別に普通の線香も、決して火が絶えないよう灯し続けた。

そうして無事に朝を迎え、葬儀を滞りなく済ませて最後のお別れをした。
永遠の眠りについた父の表情もどこか満足気に見え、きっとあの恐ろしい山道を無事通り抜けたんだなぁと思うと、安堵と共に寂しさで涙があふれ出てしまった。

四十九日の法事は、お世話になったご住職の都合で、本来の日にちよりも少し早い日に執り行われた。
その後、すべてが終わったなぁと安心し、数日が過ぎる。

そして、ある日の明け方近くにまた不思議な夢をみた。
そこはとても開けた明るい場所で、小高い丘にあの時の男の子と、白い服を来た例のお年寄りが立ち、こちらをじっと見下ろしている。
俺がその二人を静かに見上げていると、突然男の子が大きく手を振りながら、俺に向かって大声を出し始めた。

男の子:「ありがとう~、ありがとう~。ありがとう~」
いつまでもいつまでも手を振って、ニコニコしながら大声で「ありがとう」と怒鳴っている。

俺は今ではあの男の子が誰なのかをよく知っていた。
苦しくて、切なくて、寂しくて・・・。
その気持ちを押し殺して、俺も心の底から大声を搾り出し、男の子に返事を返す。

俺:「ありがとう~、今まで本当にありがとう~。さようなら~」

もしかしたら男の子は、俺が誰なのかをわかっていなかったのかもしれない。
だけど満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに手を振っている。

男の子:「ありがとう~、ありがとう~、さようなら~、さようなら~」

俺の気持ちが苦しみではちきれそうになった時に、ふと目が覚めた。
耳にハッキリと残った『さようなら~』の声に、止め処なく涙が溢れた。

それまでは、お通夜も葬儀もすべてがただの悪い夢で、病院に行けばまだ父がそこに入院しているのではないか、という想いもあったのだが、父が亡くなったという現実を改めて突きつけられ、悲しい気持ちに打ちのめされたのだ。
その時、ふと気になってカレンダーを見る。

父の命日を含めて今日が何日目に当たるのかを数えていたら、ちょうど四十九日目に当たることがわかった。
詳しいことはよくわからないものの、きっと苦難の道を乗り越えて幸せになったんだと思う。
俺は心の底からそう信じている・・・。

最後に・・・。
夢の話が中心になってしまったのですが、夢とは思えないほど鮮明な体験で、声も色も匂いや気温まで身近に感じたのはこれが初めてです。

そして話が破綻することなく、連日に渡ってきちんと続いていたということも・・・。
だから、もしかしたら本当にこういう世界があるのかもしれないなぁと、しみじみ感じてしまいました。

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