その日はなかなか仕事が終らなくて、自宅近くのバス停に降り立ったのは22時少し前だった。
自宅のマンションに向けて歩いていると、数メートル先に一人の酔っ払いが歩いていた。
酔っ払いは片腕を上げながら千鳥足で歩き、時折笑い声を上げていた。
『嫌だなぁ。絡まれたりしたら面倒だ』
そんな気持ちもあって、酔っ払いとの距離を縮めないように気をつけて歩いていた。
自宅マンションの近くまで来た時、エントランスから漏れる光で酔っ払いの横顔が見えた。
兄貴だった。
ホッとするのと同時に、『やれやれ』という気持ちで兄貴に声を掛けた。
私:「随分飲んでるようだね」
兄:「おっ!○○(私)かっ!オイ!□□(兄貴の友達の名前)。俺の妹だ!チョット美人だろ?でも良く見るとブスなんだ!ハッハッハ!あ?あれ?□□は?あれ?」
私:「酔いすぎだよ。今日□□さんのお通夜だったんでしょ?今朝言ってたじゃん」
兄:「そうか・・・そうだな。そうだ。・・・そうだ。ふぅ」
さっきまでの上機嫌な表情は消え、下を俯きながらフラフラとエレベーターの前まで来て、灰皿に腰を掛けた。
私:「ちょっ!灰皿だよ。汚れるよ!」
兄貴の脇の下に潜り込み、兄貴を支えながらエレベーターに乗り込んで気が付いた。
私:「え?この格好(片腕を上げて千鳥足)・・・」
兄貴はその言葉に気が付いたように、
兄:「□□がよぉ・・・送ってくれたんだ。『危ないですよ』ってよぉ。悪いことしちまったなぁ。アイツの通夜の日によぉ。本当。本当に・・・申し訳ない」
私には□□さんの姿は見えなかったけど、兄貴のあの時の歩き方は誰かに支えてもらっているようだった。
□□さん。
ご安心ください。
あれから兄貴は深酒を止めました。