高校生のとき、両親不在の夜。
夕飯を食べ終わって、皿を洗っているとき、「パキン、パキン」という音が家中に響き渡った。
単に家がきしんでいるだけといえばそれまでだが、いわゆるラップ音とも言えば言えるわけで、怖いなあ、と思いつつ洗い物を続けていると、視界の隅に人の手のようなものが映った。
振り返ったが誰もいない。
いよいよ怖くなってきたが、同時に「兄かもしれない」と思った。
兄は私が物心つく前に病気で死んでしまっていたのだが、常々「幽霊でもいいから会いたい」と思っていた。
兄だったら別に怖くないし、むしろ嬉しいぐらいだが、兄ではない何者かが家の中にいるとすると、物凄く怖い。
私は皿を片付けながら、半ば冗談で声に出して歌った。
私:「お兄ちゃんだったら嬉しいなぁ~♪違ったら怖いなぁ~♪」
それを何度か繰り返しているうちに、いきなり首筋の毛が逆立った。
振り返ると、目の前に顔が浮かんでいた。
「ざぁ~んねん♪」
唇は動いていなかったが、確かにそいつの顔から女の声が聞こえた。
ぐしゃっと上下に押し潰したような顔で、髪は爆発したようにモシャモシャしていて肌は黒く汚れている。
男か女かも分からなかったが、声からするに女だったと思う。
胴体は見当たらなかったが、やたらと細い、虫の脚みたいな腕が二本、頭の脇から突き出していた。
気がつくといきなり朝になっていて、私は普段着のまま自分の部屋の布団の中にいた。
夢だったのかどうか未だに分からないが、夕飯を食い終わって皿を洗って、片づけて、振り返ったら首があって、布団の中で目が覚める、と記憶は連続しているので夢とは思えない。
それにしても、怖いものを見てゾッとするなら話は分かるが、ゾッとしたので振り返ったら怖いものを見た、というのは後にも先にもそのときだけだ。