知り合いの話。
まだ侍が居た時代、彼の地元の峠には魔物が出たのだと伝えられる。
日が落ちてそこを渡ると、闇の中から平べったい影が迫ってくるのだと。
信じがたい早さで足元に滑り寄ると、足首を掴んで引き倒し、不運な被害者を足の指から喰らったという。
それはイザリと呼ばれていた。
足首から下を喰われている死体が見つかる度「またイザリが出た」と村の者は恐れをなしたそうだ。
被害が無視できなくなった頃、ついにイザリを退治することになった。
しかし、協力を依頼された地の武家たちは難しい顔をした。
地を這って襲ってくる相手を向かい撃つに、剣の技は向いていないらしい。
現に侍も何人か犠牲となっている。
中にはかなりの使い手も居た。
色々と思案した結果、落とし穴を使うことになった。
簡単に這い出られないよう、底を大きくえぐり取る。
酷い苦労をしながらも、村中総出で、何とか穴に追い落とすことに成功した。
穴には膝ほどの深さまで泥が満たしてあった。
足を取られ動きが鈍くなったイザリを、上から長槍で何度も突き、ついには仕留めた・・・と伝承にある。
イザリが何であったかの正式な記録はない。
ただ、指揮を執った長老の家には奇怪な言葉が残されている。
大きな虫かと思っていたが、あろうことか人の類であった。
死骸を検分した際の言葉らしい。
「文書とかに残されなかったのは、それが原因だったかもしれないな。ま、よくあるタイプの昔話だね」
そう彼は私に教えてくれた。