社会人になって数年。
薄給に耐え、昔から欲しかった車を買った。
昼間から家を飛び出し、山間地を思うが侭に走り続け、気づけば日も大分傾いてきた。
助手席ドアポケットから地図を取り出し、帰りのルートを思案していると、ふと目にとまった道があった。
峠を越える道だが、どう考えても他のルートより走行する距離が短い。
しかし、その道はとんでもない山道だった。
舗装はされているが街灯も無く、数キロ走った時点で道路と平行していた電線も無くなってしまった。
人の存在が全く感じられず、ただ暗闇の中に道路が続いているだけ。
夜だからではなく、昼でも車の往来が無い。
「通常、誰も足を踏み入れる事の無い道なんじゃないか?」
そう考えた時点で、急に心細くなってきた。
そう考えると、悪いことばかり頭の中に浮かんでくる。
もし、ライトが点かなくなったら?
もし、タイヤがパンクしたら?
もし、エンジンが止まったら?
もし、この先道路が無かったら?
もし、人影が浮かんでいたら?
だが、引き換えそうにも道幅が狭く、このまま先に進むしか選択肢は無い。
相変わらず闇は深く、ハンドルを握る手が汗でじっとりとしてくる。
緊張感で体が硬くなる。
まだ、続くのか?
早く普通の道に出たい。
そんなことばかり、考えていた。
しかし、現実は甘くなかった。
暗闇の中にぽっかりと口をあけて、トンネルが待ち構えていた。
当然、照明なんて無い。闇の中に更なる闇。
一瞬、アクセルを緩めたが、突き進むしかなかった。
一刻でも早くここから抜け出したい。
ルームミラーには目を向けず、ひたすら前を見つめた。
調子外れの歌を歌いながら。
結局、1時間以上暗闇の峠道を走り続け、自分の行く先に街灯が見えた時、正直言って嬉し涙が出そうだった。
「やっと、まともな所に出た」
そう思いつつ、道路を良く見ると小さな木の葉が沢山落ちている。
妙な違和感があった。
「なんで、木の葉がこんなに落ちているんだ?あれ、風が無いのに木の葉が動いて・・・?」
木の葉じゃなかった。
カエルだった。
行く先のカエル。
後ろの深い闇。
選択肢は二つあったが、戻るなんてことは考えられない。
しかし、分かっていてもカエルを踏ん付けていくのには抵抗感がある。
また、調子外れな歌を歌いながら走るしかなかった。
せめて、踏ん付けた時の音が聞えないように。
今思い出すと、山の中の闇は人を圧倒する力を持っているのではと思う。
あの時、もし道から外れたら、抜け出せない闇の中に引きずり込まれていたかもしれない。
山だったら、そういうこともあるんじゃないかと思う、今日この頃。