友人の話。
幼い頃、彼は実家の山村で迷子になってしまったという。
つい山奥へ踏み込んでしまい、気が付くと何処にいるのかわからなくなっていた。
何時間歩いただろうか?
疲れ果てしゃがみ込んだ耳元に、声が届いた。
「おーい」と呼ぶ声だ。
麓の方から響いてくる。
あっちに誰か居る!
慌てて立ち上がり、声のする方へ叫び返しながら走り出した。
今思えば奇妙な声だったらしい。
彼は声に向かって全力で走り寄っているのに、声は一向に近くなる気配がなかった。
彼と同じ速度で逃げているかのように。
と、唐突に開けた場所に出た。
よく見知っていた裏山の神社だ。
安堵でへたり込み、息を吐いているうちに気が付く。
声はもう聞こえなくなっていた。
御礼を言おうと何度も呼びかけてあの声の主を探したが、夕暮れの里には烏の鳴き声が谺するだけだった。
彼は今も実家に帰ると、そこの御社へ参拝を欠かさないのだそうだ。