護摩焚きを見つめる人

親戚の僧侶から聞いた話。

うちの親父はお坊さん祖父もお坊さん。
祖父の弟も、祖母の兄も、親父の従兄弟も、お坊さん。
親父の姉が嫁いだ先もお寺で、祖父の妹が嫁いだ先もお寺。
うちには親戚の僧侶が多いのだ。

・・・前置きがややこしくなってしまったが、これは父方の祖母の兄と、その息子の話だ。

うちの祖母は真言宗のお寺で生まれた。
高い山のてっぺんにある高野山系のお寺で、昔はその山すべてがお寺の境内だった。

小さい頃に歩いて登ったことがあるが、山道がそのまま参道なのだ。
途中に民家もなければ、灯りもない。
晴れれば急な山道をゼイゼイと息を上げて進み、曇れば薄暗い木々の間を抜けて、雨が降れば災害の危険性あり、と登頂するだけで功徳がありそうな立地。
登りきれば立派な池が現れて、人心地ついたところに巨大な山門が出現する。

それはまさに巨大で、2メートル以上の仁王様を両脇に従え、その間をビクビクしながら潜った記憶がある。

本堂は地面から大きく離れ、床下から向こうの景色が見えるその隙間を涼しい風が通り抜けて「あ、着いたなぁ」と感じるのだ。

そんな霊験あらたかな立派なお寺も、受難の時があったこのお寺には檀家がなかった。

大昔の何とかというお金持ちの領主が、加持祈祷をやらせるためのプライベートテンプルでパトロンを失ってから明治の廃仏毀釈までは、山から採れる材木やマツタケなんかで細々と生活をしていた。

そこにお上からの無慈悲な寺院資産の没収、続いて戦後の農地解放。
色んなものが重なって、このお寺に残されたのは陸の孤島と化した山頂の境内のみという有様になった。

祖母の兄は来る日も来る日も悩んだそうだ。
寺に売るものはない、かといって檀家もいない、毎朝夕のお勤めをしながら、本堂で悩み続けた。

大好きなお酒も断ち、電気代を惜しんでロウソクだけでお勤めをしていると、ふっと目に入るものがあった。

ロウソクで照らされる本尊の残像だ瞬きをするたびにチラチラと浮かんでは消える。
目を閉じては瞼の裏に大日如来目を開けては目の前に大日如来。
やがてロウソクが埃を巻き込んだのか、ジリジリと音を立てた。

「炎か、燃やす木ならいくらもあるな」

貧乏寺を飛び越えて、極貧寺の一念発起だった

今では駐車場になっている境内の広場に、木を組んでやぐらを立てた。
周りを注連縄で囲い、一心不乱に護摩を焚いた野外護摩とか、シバ護摩ってやつだね。

曇ったり霧がかかった薄暗い中、それを行うとどうだろう。
ふもとからは山火事か、すわお寺が火事かと見まごうほど、赤々と映えるのだ。

野次馬か、心配になった村人か、世が世なら消防車も出動したかもしれない。
ぞろぞろと境内に人が溢れ、ちょっとしたお祭り騒ぎになったそうだ。

住職による雨乞いならぬ、客乞いの護摩焚きは人づてに広まり、今ではちょっとした観光名所となっている。
やがて信者の数も増え始め、境内に「見晴らしのいい場所に自分の墓を」と墓所を探しに来る人も。
「神さんの山が起こしてくれた奇跡だ」と赤ら顔で語る、お婆ちゃんのお兄さん。
酒を飲まないと仏頂面で、口ベタな親戚のおいさんだった

そんなおいさんの息子である、私の父の従兄弟は跡取りになった。
立地が立地なだけに、ちょっとした観光地になったところで、リッチにはなれやしない。
家族が食べていくだけで精一杯のお寺の住職がとれる手段といえば、ひとつしかなかった。

兼業をするということだ。
お寺を掛け持ちして兼業住職をするひと、僧俗問わずに別の職業を選ぶひと。
そして王道なのが、他のお寺にお呼ばれするお手伝いだ。

昔から僧侶として食べていくに困らない三原則として、3つの要素がある。
ざっくり言えば「字が上手、声が良い、話が面白い」の3点だ。

代筆や書道で名を馳せるもよし、声明や諷誦、法式のエキスパートとなるもよし。
教えを広め、時には笑いや涙を誘う、説教師となることだ。

父の従兄弟は親に似ず、話が好きで愛嬌のある「お説教師さん」の道を選んだ。
これが中々に聞かせる話が多く(どうして上から目線なのだろう)。

本人曰く「フラでもってる」と謙遜するものの、とにかく面白いのだ。
大抵は自分の苦労話から始まり、それを嫌味たらしくなる前に自虐的な笑いにしてしまう。

みなさんも似たようなことがないですか、と共感を誘い、仏教ではこう考えるんですよ、と。

小難しくなく、分かりやすく教えてくれる子供にも老人にも通用する説教だった。

やれやれ、やっと本題に入れそうです。
護摩焚きで雨乞いならぬ客乞いを成し遂げた先代の住職は、御歳八十八で大往生をされた。
身体の調子を崩し、寝たきりに近くなったため入院したが、入院中のベッドの中でワンカップを隠れて飲むようなおっちゃんだ。

そんな準アル中患者の息子もまた、産まれついてのアル中予備軍であって、前後不覚になるまで飲んだあと、肌寒さで目を覚ますと本堂のド真ん中にいた、なんてことが度々あったそうだ。

「いけねえいけねえ、朝の勤行をすっぽかすところだった」

・・・色々と突っ込みどころが多いが、まずは話を聞いて欲しい。

「二日酔いには護摩焚くのが一番。アルコールが汗で全部飛んじまう」

そう言っては本堂内に設えてある護摩炉に火を入れて、お勤めをするのだそうだ。

どうせ終われば「いい汗をかいた」とばかりにビールを飲むんだろう、と高をくくって聞いていたが、どうやら話の方向が変わってきた。

「早朝に護摩を焚く時だけ、変な人が来るんだなぁ」
「参拝客ですか、信者さんとか」

「いやいや、信者なら全員顔見知りだ。観光客にしても朝5時前から護摩焚きの時を狙って参るもんかね」

聞いてみると、朝の勤行に護摩を焚くのは大抵まだ明るくなる前で、月に2回程度の不定期なのだそうだ。

季節に応じて朝勤の時間は変わるが、暗い内に護摩を焚き、朝日が出きる前には通常の作定に戻る。

「その人がな、いつもじーっとこっちを見てるのよ」

背中がぞくりとした。

堂内に朝日が差し込む前、灯りは内陣で赤々と燃える炉の火だけ。
外陣の隅にまでは灯りは届かず、凝視しても瞼の残像がその姿をハッキリと捉えることはない。
決まってその参拝客は外陣の一番隅、古ぼけた長椅子の真横にちょこんと正座をしているのだそうだ。

スカートとも、衣の裾ともとれる、ひらひらとしたものを広げて、顔だけはしっかりと住職の所作を見据えている。
上に行くにしたがい黒ずんで、手は膝の上なのか合掌されているのかも判別できない。

時折ふらふらと揺れるようでいて、見つめている自分が揺れているのかもしれない錯覚に陥る。

もしかしたら足元に広がるのは布の類ではなく、そのモノが持つ妖気だとか気配だとか、あるいは闇そのものがチロチロと炎のように広がっているだけなのかもしれない。

「亡くなる前に親父に聞いてもな、そんなの知らんって言うんだな」
「お勤めを中座して近づいたり、声をかけたりとかは」

「火が点いてる間は仏さんとの逢瀬、そんな無粋な真似はできんわな」

なんだか盛り上がりそうな気配が出てきたので、やや前のめりになって色々と聞いてみたが、返ってくるのは「変わりもんだろ」「俺のファンだ」「酒がもうねえぞ」の言葉だけだった。

年が明けると、このおいさんの七回忌もう少し色々聞いてみたかったなぁ。

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