『呪われた人形』がある。
大きさは野球ボールほど。
茶色い怪獣かぬりかべのような見た目をした某放送局のマスコットキャラクターだ。
前の持ち主は自分のバイト先であるバーの常連客だった。
ここの店のママは美人の上に話し上手聞き上手なので、彼女目当てにやって来る客も多い。
その容姿に似合わず怪談やオカルト話に目がないので、ファンたちはせっせと怪しげな話やモノを仕入れてはバーに持ち込み、店内はそうした曰くつきのモノで溢れている。
人形は自分がバイトで雇われる以前、数年前に店にやって来たらしい。
持ち込んだ常連客はこの人形を、『呪われている』と言った。
何でもよく動物に狙われ、噛まれたりつつかれたり攫われたり丸呑みされたりするらしい。
元々店で購入したものではなく、常連客の孫が母親と散歩中に道端の巨大なクモの巣に引っかかっていていたのを見つけたのだとか。
母親は嫌がったが孫が泣いてあれがほしいと言うので、仕方なくお持ち帰りとなった。
その後人形は洗濯機でごうんごうん洗われ干されて孫の宝物になるのだが、外に干している際中も何度かカラスに持ってかれそうになったりと、妙な人形だとは思ったそうだ。
それから人形は数々の受難を受けることになる。
近所の犬に奪われ埋められること四回、鳥に攫われそうになること二回、孫の友達に盗まれること数回。
飼い猫が咥えてどこかへ持ち去ること数え切れず。
極めつけは、何時ものように人形が行方不明になり孫に泣いて頼まれ探していたときのこと。
数日後家の裏手で異様に腹の膨れた青大将が死んでいるのを見つけ、まさかとは思いつつ腹を裂いてみると、中から出てきたのはまぎれもなく孫の宝物だった。
野生の蛇は基本的に死骸や動かないものは口にしない。
さすがに気味が悪くなり、孫には見つからなかったことにしてどこかに捨ててしまおうと考えたが、ふとこの店のことを思い出しママへのプレゼントとして持って来たのだそうだ。
というわけで、人形は店の住人となった。
ママ:「だからね。呪われてるのよ、この人形は」
人形を両手で包むように持ちながら、ママが言った。
その日、自分は用事があるというマスターの代わりに入っていた。
小さなバーで一人でも十分回せるはずだが、そもそも店自体がマスターママ夫婦の道楽でやっているようなもので、一人だと開ける気がしないのだとか。
そうして客が居ない時分はママのオカルト話を聞くかこちらの体験談を提供するのが定例だった。
終わりは遅いがたまのヘルプに入るだけで時給はかなり良い。
何より、小さな頃から単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしてきた身として、怪談や噂やモノが集まるこの店はこれ以上ないバイト先だった。
ママ:「でも、捨てたら戻って来るとか、破いてもいつの間にか元通りとか、そういう呪いではないの。捨てられたら捨てられっぱなし。破けたら破けっぱなし」
彼女が言った。
自分:「捨ててみたんですか」
ママ:「うん。ほら、だって呪われた人形って聞いたら色々確かめたくなるじゃない。そこのゴミステーションに・・・・・・、あ、でもちゃんとネットを被せて紐で縛って持って行かれないようにしてね」
そうしてゴミ収集の日まで待ったが、人形が戻ってくることはなかったそうだ。
ママ:「収集車が来る前に見に行ったら、大きな鷲みたいな鳥がいてね、人形をつついてたのよ、鷲が」
ママ:「私が近寄ったら逃げたんだけど、人形はボロボロでね。お腹から綿とか飛び出しちゃってて、さすがにちょっと申し訳なくなっちゃってねー。それから家に帰って大手術」
そうして彼女は手の中の人形をくるくると回して、人形の手術痕を見せてくれた。
ただ彼女はかなりの名医だったらしい。
ハラからワタが飛びだしていたにも拘らず、その痕はほとんど見えない。
ママ:「最初はもっとツギハギっぽかったんだけどねー。何か馴染んできたみたいで」
こういった風に、彼女はさらっと妙なことを言う時がある。
詳しく聞いてもはぐらかされるだけなので、たぶんからかっているのだろう。
ママ:「でも、この子も可哀想よねー。呪われちゃったせいで動物から狙われて・・・・・・。そうそう、昔はカウンターの上に置いてたんだけど、酔っぱらったお客さんに食べられかけたことがあってねー。それも何度も。で、仕方なく今のテレビ棚の上に移動させたの」
自分:「ほー」
ママ:「この子の無事を考えたら金庫の中にでも入れてあげたらいいんだろうけど。それも可哀想じゃない。・・・・・・ねえ?」
彼女の手の中でくるくる回っていた人形がこちらに向いた。
ママ:「ゴミ捨て場に放置した罪滅ぼしじゃないけど・・・・・・、何だかねー、この子にはこんな薄暗い店の隅にいるより、外でもっといろんな景色を見て来てほしいと思うの」
すると人形が両手を振り上げ、『サンセイ、サンセイ』と声を上げた。
腹話術が上手なママの裏声によく似ている。
ママ:「あら、やっぱりあなたもそう思う?」
ママ(腹話術):『オモウ、オモウ』
ママ:「そうなんだー、それじゃあ仕方ないわねー」
そうして、彼女は手の中の人形をこちらに差し出した。
ママ:「というわけだから、大事にしてね」
ママ(腹話術):『ヨロシクネ』
人形を受け取りしばらく眺めてみる。
いつもテレビ棚の上に鎮座している姿しか見たことないので新鮮だ。
真っ黒なビーズの目に赤い大きな口が印象的。
テディベアのような布製だが思ったよりも柔らかく、そして妙に暖かかった。
というわけで、人形は現在自分の愛車であるカブのキーホルダーとなっている。
もらった当初はチェーンがついておらずママに頼んだところ、数分に及ぶ大手術の末尻にチェーンがつけられた状態で戻って来た。
ぶら下げてみると常に頭が下向きかつ万歳をした格好になってしまう。
自分:「頭に血が上りませんかね、これ」
ママ:「その頭に針を突き刺して糸と金具を通すのも、どうかと思ってねー」
自分:「なるほど」
その日以降、カブで出掛けるときは常に彼にお供をしてもらっている。
話で聞いたほど呪われているといった印象はないし、ハエや蟻も言うほどたからない。
それでも一度、散歩中の犬に鍵ごと奪われたのと、数人で宅飲みした際酔っぱらいに食われかけたことがある。
奴曰く、「熱々のハンバーグに見えた」のだそうだ。
呪われてしまったせいで様々な受難にあってきた『彼』だが、自分の手に渡った以上出来る限りは大事にするつもりだ。
ただもし今後、災害や遭難等何らかの事情で何も食べるものがなくなったとしたら、試しに一口くらい齧らせてもらおうかな、とは思っている。