脳裏に焼き付く子供達の目

大学3年の夏のことです。

その年は冷夏であったと記憶していますが、不幸にも熱中症にかかり1日だけ入院をしました。
この話は退院したその翌日の話です。

当時私は塾の講師としてアルバイトをしており、入院をする以前に教室長から他塾へ資料の送達を頼まれていました。

講師が事務として宣伝チラシ等を家庭に配る事は、私の塾では珍しいことではありませんでしたから、その一環として承諾していました。

退院した翌日から勤務し、休憩時間に訪問先の塾の名前と場所をネットで調べてから終業の後向かいました。

時間は19時を少し過ぎた薄暮時の頃であったと思います。
帰途に就く学生やサラリーマンが未だ散見され駅周辺にはその迎えらしき車も走っていました。

訪問先の塾は私が勤務している塾と駅を挟んで反対側の商店街にあるようでした。

歩くこと10分でその塾が入っている雑居ビルに着きました。
白色の玄関灯に暗く照らされた階段が伸びる入り口が商店街に向かって構え、横のプレートに塾の名前が彫ってありました。

その様相から入ることが若干躊躇われたのですが、まだ駅には人通りもあったので階段を上がって塾を目指しました。

2階に上り右に折れる廊下を歩き塾の前に立ちました。
ガラス扉越しに中を伺うと、塾生は既に帰宅しているらしく教室の大半の電気は消えていましたが、事務室らしき部屋の引き戸から明かりが漏れていたため扉を開けて中へ入りました。

扉を閉めてから直後にこの教室には誰もいないことを悟りました。
人の気配が全くせず静まりかえっていたからです。

一応挨拶の声を掛け、もう一声掛け事務室を覗いても案の定誰もおらず蛍光灯とパソコンが無機質に点いているのみでした。

扉の鍵が開いていたことと、パソコンが点いていたことから類推して講師や教室長が一時不在にしているものと判断し、しばらくそのまま待つことにしました。

今振り返ると全くおかしな判断ですが、蛍光灯やパソコンの明かりというものは人に大きな安心感を与えるのだと今では思います。

待っている間は、事務室の壁に寄りかかり携帯を弄って暇を潰していました。
本当に静かでした。

日頃私が勤める教室は生徒や講師の話し声で賑わい常に人の気配で溢れているので、その対照的な雰囲気が際立ちました。

特に明かりの点いていない夜の教室というのは独特の不気味さを醸し出しています。

次第に気味が悪くなってきて塾内の明かりを点けようと試みましたが、如何せんスイッチが見当たらず、ともすればやや奥に広がる教室の暗闇の中にあるようで探しだすことは到底出来ませんでした。

教室に踏み入ることだけは強い抵抗感を覚えました。

私がいた事務室は入り口のすぐ脇にあるため、その周辺は幾分明るいのですが、奥に広がる教室は暗く、また見える範囲の影の濃淡で判断する限り奇妙な机の配置がなされているようでした。

奥の教室の不気味さと空間を包む静寂さに、どうにも居た堪れなくなって一度教室から出ることにしました。

扉が空かないという最悪の想像もよぎりましたが無事出ることが出来ました。

ビルの廊下に座り込み、むこうの階段下から聞こえてくる通りの賑わいと空気の温かさで心底安心しました。
さらに安心を求めて、またこの状況を笑ってほしくて友人に電話をかけました。

もし誰かが教室に戻ってきたらすぐに電話を切って応対すれば良い・・・という考えもあり、少々冷静になっていました。

十中八九、電話に出ないだろうと思っていたのですが、無事に繋がりました。
適当な挨拶と近況報告をし合い、即座にこの妙に不気味な状況を捲し立てるように伝えました。

友人は私に同情し、からかいもしました。
何となく話してしまえばこの状況が終わるような気がしていました。

しかしながら、友人が一点訝しんで訊いてきた質問に答えて、私はかつて感じたことのない程の寒気を覚えました。

友人は、何故教室長は資料の送達を頼む私に塾の名前や場所を伝えなかったのか、と訊いたのです。
私は、それもその通りで不親切な人だ、とおどけてみせました。

そして確か頼まれた時は・・・と、記憶を辿りますが、資料の送達などいくら思い出しても全く頼まれた記憶はありませんでした。
鞄の中には頼まれた資料さえどこにも見当たらなかったのです。

そして階段を誰かが上がって来ます。

「またかけ直す」と極めて無意味に冷静を取り繕って電話を切りました。

手と足に汗が噴き出し、寒気がして腹の底から身震いしました。
階段から現れる者が”塾の関係者では無い”と直感していました。

塾から階段までは廊下で一本ですから、塾に戻る他ありませんでした。
震えながらも音を立てずに再び塾に入り、入ってからはもう一歩も動けず、ドアノブを握ったまま座り込みました。

身じろぎ一つ躊躇われる緊張感に苛まれ、頭は高速に回転していましたが何も導かずにただ混乱するばかりでした。

時間の感覚など定かではない状況でしたが、数分経っても階段を上がって来た者が塾に来ることはありませんでした。

塾内の様子は先ほど入った時のままで、事務室から明かりが漏れるだけで奥の教室は暗闇に包まれていました。

極限の緊張もわずかばかり緩み、目も次第に目が慣れてきたところで暗い教室を見据えると最初に入った時には気が付かなかったことを見つけました。

確認するために恐る恐る事務室の引き戸を目一杯開けて明かりを教室内に運びました。

私はそこでえも言われぬ不気味さを覚え、半狂乱になりました。

教室の床一面に木製の学習椅子が一方向に隙間無く整然と敷き詰められ、その全ての椅子の上には幼い子供が座ってるようでした。

その異様な光景を前に私は失神してしまうことを強く願いました。
けれども意識は冴えており、ならばと顔を背け目を強く閉じひたすら朝が来るよう祈りました。

冴えた意識は自分の背後に何か大勢の者が立っている気配さえ感じ、事務室の引き戸が音を立てて閉まった瞬間、私は教室の扉を体当たりするように開け放ち逃げ出しました。

廊下を走っている間背中から子供の笑い声が追ってきました。

階段を駆け下り、踊り場で切り返した時に階段の最上段に立つ大勢子供の姿を視界の端に捉え、恐怖は最高潮に達しました。

階段から転がり落ち、無我夢中でそのまま走って自宅まで逃げました。

確かにアルバイトの休憩中に訪問先の学習塾の検索をかけ、ヒットしたはずなのです。
ブラウザの履歴には検索の跡がありますがヒットはしません。

そして実際にはそのような学習塾は存在せず、教室長に資料送達の件を問うても覚えがないそうです。

ただ数年経った今でも鮮明に私の記憶にはあるのです。
座っていた子供たちが一斉にこちらを向いた時の顔が・・・・・・。

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