味噌ラーメン幽霊

『味噌ラーメンの匂いで目が覚めた』

奴の話は、そういうフレーズから始まった。
ベッドの上で天井を見上げた状態から視線を窓に向けると、カーテンの隙間から僅かに陽の光が差し込んでいる。
目覚まし時計を見れば六時過ぎ。
さわやかな雀の鳴き声。
味噌ラーメンの匂い。

朝だった。

奴はもぞもぞと起き上がりカーテンを開いた。
一体どこの誰がウチの近所で朝っぱらから味噌ラーメンの屋台をやっているのだろうかと、割と本気で思ったからだそうだ。

換気のために半開きにしておいたガラス戸の向こう、外の景色に奴は味噌ラーメンの屋台の姿を探す。
しかし当然そんなものはどこにもない。

『ああ、そうだよな。』と納得する。

ここは北海道じゃないのだ。
醤油ベースならまだしも味噌ラーメンの屋台などあるわけがない。
それにこんな朝からチャルメラなんぞ響かせようものなら、寄ってくるのは客ではなく苦情の嵐だろう。
割と本当にそういう納得の仕方をしたらしい。
相当寝ぼけていたに違いない。

しかし、ならこの芳ばしい味噌ラーメンの匂いは一体何なのか。
奴の頭が正常に働いていたとして、部屋で味噌ラーメンを食べたのは三日前。
夕食に市販のやつを作って食べたのだそうだ。
が、三日前のラーメンの匂いが残っているとは考えにくい。

カップラーメンなら昨日の夜に食べたがそれは豚骨だった。
加えて部屋に漂う匂いは醤油でも豚骨でも鶏ガラでもなく、はっきりと味噌。
しかもそれは味噌は味噌でも味噌汁などといったものではなく、まぎれもなくラーメン、つまり味噌ラーメンの匂いなのだ。

「ここがミソな」
「黙れ」

奴は考えた。
もしかして、隣部屋のあいつが味噌ラーメンをすすっているのだろうか。
朝食がそれとは中々アグレッシブな奴だったんだな、などと考えるが、果たして隣部屋のあいつが本当に味噌ラーメンを食べていたとして、その匂いがここまでやって来るかと考えるとこの仮説は捨てざるを得なかった。

どれだけ濃いラーメンならここまで匂ってくるのか。
奴が脳内でシミュレートした結果、それはもはやラーメンではなく素麺の味噌漬けと化した。

確かにそれならば匂いも届いてくるかもしれない。
が、しかし、自分が朝食に素麺の味噌漬けを食す隣人の隣人なのだという考えは、奴を大いに気味悪がらせた。

ならば、確かめてみよう。

そうして奴は部屋を出て、隣の部屋のインターホンを連打したのだった。

「というわけで、来た」

言うだけ言うと、『奴』ことアパート隣人のヨシは、目の前の茶を手に取り美味そうにすすった。

朝六時半にたたき起こされ、何事かと思って出てみれば第一声、「お前、素麺の味噌漬け食ってないか?」と言われたこちらのことなどまるで気にしてないようだ。

その後、寝ボケと混乱でうまく頭が働かないまま強制的に奴の部屋に連れられ、部屋中に漂っていたという濃い味噌ラーメンの匂いを嗅がされたのだが、自分には格別何も感じなかった。

それはヨシも同様だったようで、「あれー、おかしいな」としきりに首をかしげていた。

呆れて自室に戻ろうとすると何故かヨシも着いてきて、今こうして今朝の彼の体験談を聞いてやっているのだ。
茶も出してやった。

「いやぁ、不思議なこともあるもんだなー」
「寝ボケてたんだろ」

「はっはっは。お前じゃあるまいし」
「・・・・・・で、話のオチは?」

「ない。そこがミソな」
「黙れ」

話は終わったはずだが、もちろん奴に帰る気配は微塵もない。

「何だよ冷てーなー。せっかく朝から面白い話持ってきてやったのにさー」
「こっちは眠いんだ」

「えー、でもお前こういう話好きじゃん。ユーレイ話とか不思議な話とか」

確かに、小さい頃から単騎での心霊スポット巡りを趣味かライフワークとしてきた身としては、不思議な話や幽霊が出てくる話は大歓迎だ。
しかし、この話はただ単に寝ぼけた隣人があるはずのないラーメンの匂いを嗅いで大騒ぎをしただけにすぎない。

「不思議でもなんでもないだろ」
「何でだよ。『味噌ラーメンの幽霊が出た』なんてに滅多に聞ける話じゃないだろ」

ヨシは真顔で、そう言った。
味噌ラーメンの幽霊。

「・・・・・・何だって?」
「よーく思い出してみたらさ。三日前ラーメン食べた後、足りなくて二杯目作ったんだけどよ。時間差で腹がはってきて結局ほとんど食いきれないで捨てたんだよ。あん時の味噌ラーメンの亡霊が、食われなかった恨みを晴らしに出てきたんだな」

味噌ラーメンの亡霊。
丼に入った熱々の味噌ラーメンが、うっすら透けつつふわふわ空中を漂っているイメージ。

なるほど。超常現象肯定派の人間でも中々に受け入れがたい光景だ。

「ほら、お前ユーレイとか好きだろ?」
「まあ・・・・・・」

「味噌ラーメンも好きだろ」
「・・・・・・まあ」

「良かったじゃん」
「何が?」

「お得じゃん」
「何が?」

「感謝しろよ」
「何を?」

「あー、ラーメンの話してたら腹減って来たな。何かない?」
「・・・・・・」

それからヨシは頑として帰ろうとせず、仕方なく朝食を分けてやる羽目になった。
その際確かに自分はラーメンもユーレイも嫌いじゃないが、それらが合わさったからよりすごいという話にはならない、と説明してやったのだが奴はあまり聞いていないようだった。

こうして隣人のヨシが体験した、『早朝味噌ラーメンの香り事件』は何一つ解決されることなくそれぞれの頭の中の奥底にしまわれることになった。

普通に考えたら、寝ぼけたヨシが何か別の匂いを味噌ラーメンの匂いだと勘違いしたのだろうが。
そこだけは奴がかたくなに否定した。あれは確かにまぎれもなく味噌ラーメンの匂いだった、と。

ラーメンを食べる夢でも見てたんだろ、と言うと、目が覚める直前の夢は覚えていてそこにラーメンは出てこなかったそうだ。
ちなみにその日の夢は三匹の子豚が苦労して作った家をオオカミと一緒に打ち壊す夢だったらしい。
奴が嘘をついている、とは思っていない。

寝ぼけていたのか、幻臭でも嗅いだのか。はたまた本当に味噌ラーメンの幽霊が美味そうに漂っていたのか。
匂い自体が消えてしまった今確かめる術はない。
まあ、寝ぼけていたのだろうが。

ちなみにその日、大学で午前の講義を終えた後、ヨシに誘われ近所のラーメン屋で昼食をとった。
二人とも味噌ラーメンの大盛りを頼んだのだが、食事後、何故かヨシだけ腹を壊してしまい長いことトイレに引きこもっていた。

なるほど。
食われなかった味噌ラーメンの恨みか。

「良かったな。オチが付いた」

トイレから出てきたヨシに言ってやると、奴は弱々しくも素直に、「そうだなー・・・・・・」と呟き、「○ソみたいな○ソだったわ」と。

「・・・・・・」
「そこがミソな」

「黙れ」

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