知り合いの話。
彼はかつて漢方薬の買い付けの為、中国の奥地に入り込んでいたことがあるという。
その時に何度か不思議なことを見聞きしたらしい。
人里離れた岩山で、案内人と野営していた時のこと。
夜中、怪しい物音が近づいてくるのに気が付き、息を殺した。
彼らのいる岩棚のすぐ真下を、何か大きな物がズルズルと這っていた。
案内人も緊張した面持ちで、彼に声を立てるなと合図する。
音が遠くに去ってから、ようやく案内人が息を吐いた。
案内人:「危なかった。あれは多分、狼喰らいって化け物。名前の通り狼でも襲って喰ってしまう、でっかい口だけの怪物です」
朝になって降りてみると、地面には何かが這いずったような痕が残されていた。
そこかしこで肉が傷んだ時に出るような、どこか甘い腐敗臭が漂っている。
一体どんな動物なんでしょうか、こんな不気味な痕跡を残すなんて?
案内人:「動物じゃないよ。植物なんですって」
若い案内人は嘆息しながら説明してくれた。
案内人:「僕は見たことはないけど、葉も茎も無くて、大きな花だけが地表すれすれに出ているという、何とも変わった植物なんだそうです。この独特の残り香は、その花の匂いなんだとか。腐肉を食べる生き物を寄せるためなんですかね」
案内人:「根っ子で養分が採れている間はいいんだけど、そこの土地が枯れてくると、根を自ら引き抜いて、狩りに出掛けるというんです。地に植わっている間は、まだ花らしい名前で呼ばれているんですが、獲物を探して彷徨いだすと、狼喰らいって呼ばれるようになるんです」
案内人:「萼か花弁のどこかに、まるで牙のような突起が生えていて、それで獣を殺すという話です。死体を確保するとそこに陣取り、根を這わして啜るのだとか。実を結ぶだけの蓄えが出来ると、根を下ろし種を作って枯れるそうで。アレが出るようになるってことは、その土地が荒れてきたってことなんです。随分長いこと、出たって噂を聞いていなかったのに・・・」
現在その岩山のある地方は、外国人が立ち入られなくなっているという。
案内人:「大陸が荒廃しているってニュースを聞く度に、あの岩山を思い出すのです。もうじき狼喰らいの群れが、ズルズルと湧き出てくるんじゃないのかって。いやもしかすると、狼喰らい自体が生き残っていないのかもしれませんが」
どこか寂しそうに彼は言っていた。