先輩がとある田舎の町へ出張に行った時、仕事が早く済んだので皆で飲みに出かける事になった。
ほろ酔い気分になった彼は、飲み過ぎてしまったので酔い覚ましに散歩を始めた。
田舎の小さな町なので、町の中心部を少し外れてしまうと建物もだんだんなくなり、明かりもぽつぽつと灯っている街灯と月明かりだけになってしまった。
いつもは都会の中心で仕事をしているので、こういう雰囲気も悪くなく、かえって心地よく散歩を続けたそうだ。
ぶらぶらと歩き回っていると、前方に小さな明かりが見えてきた。
近づくと居酒屋だった。
「こんな静かなところに飲み屋があるんだな~。酔いもさめてきたし、もう一杯いくか・・・」
彼はその居酒屋の店に向かって歩き出した。
店に近づくにつれ、彼はなんとも言えない妙な気分になってきたという。
店の中では何人かの人影が動いているのが見えるのだが、その中には子供もいるような感じだった。
が、活気というものがまるでその居酒屋には感じられず、近づけば近づくほど重苦しく嫌な気分になってくる。
結局、酒好きの彼には珍しく、その店の手前で引き返して、そのまま宿泊先のホテルに帰った。
次の日、次の仕事先へ向かうためにタクシーでホテルを後にした。
そのタクシーが、偶然彼の昨日の散歩した道を通ったそうだ。
タクシーが進み、昨日見たあの妙な店がある場所に差し掛かったとき、彼は自分の目を疑った。
そこには・・・。
居酒屋などなく、影も形も無かったのだ。
彼はタクシーの運転手に「そこに居酒屋があったと思ったんだけど?」と聞いた。
すると、「ああ、1年くらい前まではあったんだけど火事で焼けちゃっいましてね」と。
運転手の話によると、その居酒屋は中年の夫婦が経営していたが、不景気もあって、さらに質の悪い業者に引っかかってしまい、生活は相当苦しかったそうだ。
それで夫が居酒屋に火を放ち、妻と子を道ずれに一家心中したそうだ。
「子供はまだ小学生だったんだよ。可哀想にね・・・」と運転手はため息混じりに呟いたが、彼はとても同情できる気分では無かった。
自分が昨夜見た店は何だったのか?
もしあのまま店に入っていたら・・・。
結局彼は、「酔っ払って幻覚でも見たのだろう」と無理やり思い込むことにした。