その家族は時間が止まっている

カテゴリー「不思議体験」

とある知人から聞いた話。

知人が小学校三年生の頃、隣の家にとある家族が引っ越して来たという。
両親と兄妹という家族構成だったが、皆テレビドラマから抜け出て来たような美形揃いだった。
そのため、やって来た当初は隣近所から遠巻きに見られ、知人も子供ながらに最初は近づき難い雰囲気を感じたという。

しかし、その家族は外見こそ浮世離れしていたが、中身はごく普通の中流家庭だった。
むしろ愛想はいい方で、夫婦揃ってよく地区の清掃活動や子供の学校行事に参加していたので、やがてすぐに近所に溶け込んだという。

兄の方は知人と同級生だったため、こちらもすぐに仲良くなった。
彼は女の子と見まごう可愛らしい顔立ちだったが、中身は腕白で、不思議なほど知人と馬があったという。
腕白な反面、妙に大人っぽい口調で皮肉を言うこともあり、そんな時にはいつも右の眉をピクリと上げた。
その仕草に知人は憧れたのだそうだ。

彼の妹はまた負けず劣らずの美少女で、「お人形のような」という形容句がよく似合った。
兄に似てお転婆で、よく三人で日が暮れるまで遊んだそうだ。

知人にとって彼は親友とも呼べる存在だったが、一つだけ不満があった。
それは、決して彼の家に入れてはくれないことだった。
庭で一緒に遊ぶことはあっても、玄関の内側には入ったことがなかったそうだ。
彼の両親は愛想よく「中で遊びなさいよ」としょっちゅう声をかけてくれたそうだが、その度に彼が「僕たちは外で遊ぶよ」とか、「もう帰らなきゃいけないんだって」とその誘いを遮ったのだそうだ。

一度それに抗議したことがあった。
それに対し彼は「僕は君のことが大好きだからね」と、よくわからない理由を述べた。

彼お得意の皮肉かとも思ったが、皮肉を言う時はいつもはね上がる右眉は動かないままだったという。
何か理由があることを察し、それ以降は家に入れてとねだることはやめたそうだ。

しかし、そんな彼との楽しい時間は、二年たらずで終わってしまった。
親の転勤という子供にはどうにもならない理由で、彼ら一家は再び引っ越すことになったのだ。

「絶対また会おうな」

最後の別れの日、知人は手作りのプレゼントを渡しながら彼に言った。

「会っても、もう君はわからないと思うけどね」

彼はいつものように皮肉を言ったが、それは寂しさをごまかすためのものだったのだろう。

新しい引っ越し先に何度か手紙を書いたが、返事が返ってきたことはないという。
やがて大人になった知人は、故郷を遠く離れて仕事につき、家庭を持った。

ある日、近所のショッピングモールに家族で買い物に行った時のことだ。
妻と子供の買い物を待っていた知人は、一人の美少年に目を止めた。
彼は、あの子供の頃の親友にそっくりだったのだ。

思わず、少年に気がつかれないようにそっと近づいた。
近くから見るとますます似ている。
堪えきれずに声をかけた。

「いきなりごめんね。もしかして、きみのお父さんは、◯◯っていう名前じゃないかな?」

知人は、目の前の少年がかつての親友の息子か、もしくは親戚なのではないか?と思ったのだ。
自分にも子供がいるように彼にも息子がいて、それが子供時代の彼に瓜二つでも、おかしくはなかった。

少年は突然のことに目を見開いていた。
やっぱり止した方が良かったか、と知人が後悔して謝ろうとした時、「おにいちゃーん」と、彼の妹らしき美少女が駆け寄ってきて、知人は言葉を失った。

目の前に並び立つのは、幼い頃の知人の思い出そのままだった。
瓜二つのというレベルではない。
二人の前に立つ大人姿の自分の方が、場違いに感じるほどだったという。

少年:「気づくとは思わなかったよ。意外とやるじゃん」

少年はそう言って、右眉をピクリとはね上げ、小さく笑った。

少女:「向こうでお父さんたち待ってるから、行こう」

そう言って、少女が兄の袖を引いた。

ちらりと知人の方を見たが、その目は兄とは対照的に、冷たい程なんの感情も浮かんではいなかった。

去っていく子供達をを見つめながら、二人の行く先にはあの美しい両親が待っているのかと、知人はぼんやりそう思ったという。

私:「失礼ですが、それはもしかしてあなたの勘違いでは?」

私の無礼な質問に、語り終わった知人はうーんと首をひねった。

知人:「確かに。僕自身もね、半信半疑なんですよ。常識的に考えて、あの子達だけ時が止まることなんて、あり得ませんから。ただ・・・」

私:「ただ?」

知人:「あの男の子が、去り際にボソッと僕に言ったんですよ。『手紙、ごめんな』って。僕が出していた手紙に返事を書けなかったことだとしたら、辻褄があうんですよねぇ」

知人は、懐かしそうにそう言った。

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