とある知人に聞いた話。
彼には八歳離れた妹がいるのだが、その妹について彼は子供の頃から不思議な感覚を持っているという。
時折、妹が妹でない時があるというのだ。
どこがどう違うのか、それを説明することはできない。
ただ、朝起きて「おはよう」と言った時、食事中、歩いている後ろ姿、何気なくこちらを向く仕草、あくびの後、眠っている最中でさえ「今は、違う」という違和感を感じるのだという。
両親にそれを告げても、意味がわからないと相手にされなかった。
彼自身、意味がわからなかったのだから、仕方のないことだった。
妹が妹でないと感じる時間は、一瞬の時もあれば、長くても三十分程度だった。
なので、そのうち知人も気にしなくなった。
妹の違和感について、知人は心当たりがあったという。
実は彼と妹との間には、妹が生まれる五年前に、性別も分からぬうちに流れてしまったもう一人の兄弟がいたのだ。
妹が生まれるずっと前に、「もうすぐお兄ちゃんだよ」と父親に頭を撫でられた記憶、肩を落として静かに泣く母親の記憶が、おぼろげに残っているという。
一目会うこともできなかったその兄弟は、きっと女の子だったのだろう。
普段は妹に寄り添い見守ってくれていて、妹が妹でない時は、きっとその子が妹に変わって世の中を見ているのだろう。
知人はそう思っていたという。
年の離れた兄妹は、知人が進学して家を離れたことを機に会う回数がぐんと減った。
妹が成人した頃には、彼女の様子に違和感を感じることもなくなったという。
私:「いい話じゃないですか」
私は心からそう言った。
しかし、知人はどこか浮かない顔でため息をついた。
知人:「先日、久しぶりに妹に会ったんです。今度結婚するんだと言うので、祝いに飲みに行ったんですよ。少し照れくさかったけど、意外に話が盛り上がって、お酒も進みましてね」
楽しい話のはずなのに、知人の顔はますます暗くなり、私は不安を感じた。
知人:「子供の頃の思い出話で盛り上がっていた時です。妹が『お兄ちゃん、昔大怪我して、頭を縫ったことがあったよね』と言い出しました。怪我は何度もしましたが、頭を縫うほどの怪我をしたのは、七歳の時の一度きりです。妹は続けて、『玄関でふざけて飛び降りて、段差で頭打っちゃったんだよね。私近くで見てて、びっくりしたよ』と。怪我の原因はその通りでしたが、妹はその時、生まれてないんですよね」
他人から聞いた話を、あたかも自分で経験したかのように思い違いをすることは、ままあることだ。
妹も両親などから聞いた兄の怪我の話が心に残り、そのような勘違いをしていたのではないか。
私がそう言うと、「そうだといいんですが」と知人はもう一度ため息をついた。
知人:「僕が怪訝そうな顔をしたからでしょうね、妹は、しまったというような顔を一瞬だけしました。その時の顔にね、久しぶりに例の違和感を感じたんです。僕の妹は、こんなだったかなって・・・」
まぁ、酔っ払いの感覚なんて、あてになりませんよね。
知人はそう言って、力なく笑った。