同僚の話。
村外れの山道を歩いている時のこと。
木々の間から「オーイ」と呼ぶ声が聞こえてきた。
不明瞭だが子供の声のよう。
どこか必死な調子がある。
迷子か?
「どうしたー?」
呼び返しても、それに対する返事はない。
ただ「オーイ」と呼ぶ声が繰り返すのみ。
声を頼りに下草を掻き分けて行くうち、小さな沼の辺に出た。
対岸に小さな影がちょこんと、膝を抱えて座り込んでいる。
大きさは幼稚園児ほど。
全身が緑色でヌメヌメとしているように見えた。
思わず雨蛙を連想したが、体付きや顔はどこかしら人間くさい。
固まった彼を真っ黒な目でチラリと見やり、直ぐに興味を無くした様子で「オーイ」と森の奥に向かって再び呼び始める。
近よるのも躊躇われ、そのまま足を返し退散したのだという。
後で村の長老に聞いたところ「はぐれ河童であろう」と言われたそうだ。
親とはぐれてしまった河童の童が、一生懸命に親を呼んでいるのだと。
普通は声が聞こえるのみで、その姿を目にすることはまずないらしいが。
「あいつ、ちゃんと親御さんに会えたのかな」
今でもそれが気にかかっているのだという。