ブギーマンによく似た現象

AV仕様の最強媚薬・エロティカセブン

媚薬・エロティカセブン

24年くらい前の話になります。

私はその頃、ド田舎の小学校で暮らしていて、友達と遊ぶ内容といえば一緒に漫画を読んだりプラモデル・ミニ四駆を作る、ファミコン・スーファミをプレイといった当時の小学生にとってありきたりのものでした。

桃太郎電鉄や超魔界村、ロックマン等を皆で集まっては楽しんでいました。

夜は家族で集まって夕食。

夕食時はテレビはアニメにしてもらい、まんが日本昔ばなし、ドラゴンボールZ、CMはダスキンやはごろもフーズ(シャキッとコーン)、ロート子供ソフト(ドラゴンケースに入れてね!)等懐かしいものが流れており、野球がある時のみ野球優先だった記憶があります。

ゲームやアニメは子供にとって田舎におけるスペクタクルであり、それ以外は本当に昭和の古めかしい世界が広がっていました。

遊びも、もちろんゲーム以外のものもしばしば行われ、主に山の広場でのフットベース(通称フッド)や広大なエリアを対象とした宝探し・鬼ごっこなど、それらはそれらで非常に楽しく、盛り上がったものです。

それらの小学生の遊びの中で、やってはいけないと言われていたものが幾つかありました。

一つは水門で遊ぶ事、もう一つは蓮池と呼ばれる半分沼になっている池で遊ぶ事(沈んだ子供が居る)、そして最後が隠れんぼでした。

隠れんぼなんてものはどこの子供もやるものだと思いますが、大人達はどうも隠れんぼで本当に子供が居なくなると思っており、脅し文句は『おじゃもんに袋に入れて連れて行かれる』『こーとり(子取り?)が来る』というものでした。

もしかすると昭和の中頃くらいまでは子供が攫われて売られるという事があったのかもしれませんが、平成に入ってすぐの事、流石にそんな心配も無かったと思います。

自分はその『おじゃもん』『こーとり』という名前に、黒ずくめの泥棒のようなものをイメージしていました。

大人が上の文句と共に明確に口にしていたのは『神隠し』という単語で、これは人攫いの事を言っていたのだと思いますが、一部の年寄りは消える方の神隠しの意味で言っていた節もあり、大人が居ない時に箪笥の中に隠れる等もキツく注意されました。

お仕置きで押入れに放り込まれる時の恐怖を高める役割もあったのだろうと今は思います。

さて、ある冬の日の事です。

その日は雲一つ無い青空で、冬になったばかりとはいえ暖かかった事を覚えています。
私は小学校が何かの記念日だったかで平日にも関わらず給食後に終わり、帰って一人で家に居ました。

両親は仕事、祖父は役所勤め、祖母は書道を教えに行っており、一人で古い『母屋』と呼ばれている方の家でガラス戸を隔てた縁側の電気アンマ椅子で遊んでいました。

ふと庭の方を気にすると、小走りに進んでくるおばあさんの姿が目に入りました。

そのおばあさんは祖父母を呼ぶ事もなく母屋の引き戸を開けて中に入ってきたので、祖父母の姉妹か友達と思い、話しかけられるのもおっくうだったので居間に引っ込みました。

その頃は今以上に人見知りだったので。
私は居間の引き戸を指一本分開け、そこから客間を覗いていました。

そのおばあさんは客間の一人がけソファに座ると、前を見てじっとしていました。
出し抜けに『ひとりかー』と言いました。

私は、それが自分に向けられたものと最初気付きませんでした。
しかし、目も合わせていないし自分に言われたのでもない可能性があるので黙っていました。

利発な子ならここで戸を開け「隠れてすみません。祖母の知り合いですか?」などと言うものですが、内弁慶の悪ガキは黙ってそのまま客間を覗いていました。

『○○君はひとりかー』と続けて言われ、明確に自分に向けての言葉とわかり、その時初めてゾッとしました。

非常に小さい年寄りでしたが、自分よりは大きく、目は細く白髪は頭の上でお団子にしていました。

ああ、多分この人は祖母に自分の話を聞いていたのだろうと、そんな風に考えた時、『じゃあ連れてこかー』強めの声で一言。

総毛立ちました。
頭が真っ白になり血が濁る感覚です。

その老婆がこっちを振り向くと、口を閉じ両端を引き上げて笑っており、目はまん丸に見開いていました。

私は非現実感の中で必死に後ずさると、水をかくような感覚のフワフワした足を必死に動かし、隣の部屋に逃げ込みました。

走り出してすぐに声がでるようになり、家族や近所に聞こえないかと大声で叫びながら逃げ回りました。

老婆は、「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ」と笑いながら、全力で逃げる子供と同じくらいの速さでバタバタバタと追いかけてきました。

私は心が折れそうになり、出したばかりのこたつに入り込み、瞬間息を潜めました。
すると、老婆の足も止まり、物音がしなくなりました。

そのまま時間が経ち、感覚としては長い時間だったように思いますが、実際は10分だったのか1時間くらいだったのかわかりません。

もう大丈夫かと身じろぎした瞬間背中が冷たくなり、ずり寄って後ろを見ると口を開けた老婆の顔がこたつ布団に潜り込んできており「ここにおった!このまま布団に包んで連れてっちゃろかいな!」と声をあげました。

私が恐怖で完全に固まっていると、その時玄関で「帰ったよー。○○大人しにしとったかー」と祖母の声が聞こえました。

その瞬間老婆の顔が引きつり、すっとこたつから出ていきました。

祖母がこたつをはぐりあげ「またこたつで遊っびょんか。しもてしまうぞ」と言うも、私の尋常でない反応を見て「どうしたんな」と聞いてきました。

私は泣きながらさっきの話をしましたが「悪さばっかりしょるからじゃ。大人しにせんとそのうち連れて行かれるぞ」などと言い放ち、私は泣きながら憤慨していた記憶があります。(ちなみに悪さをした時私を押入れに放り込むのがこの祖母でした。まだ存命です)

夜になり、大人にこの話題が行き渡ると、祖父が「そりゃおじゃもんじゃが!」となにやら焦り、父親は「そら恐ろし目におおたのうw危なかったのうw」と何やら楽しそうでした。

母親も祖母同様『悪ガキには報いが来る派』で更に小言を言われました。
自分の存在の軽さを思い知りましたが、ある意味でこの人達は、おじゃもんとやらを信じていないのでは、と思った覚えがあります。

勿論警察とかに連絡していた形跡は全くありませんでした。

アメリカの、子供にだけ見えるブギーマンというものと類似性を感じるのですが、唯一同意をしてくれた祖父に親近感を感じたエピソードでした。

勿論今でもトラウマの怪奇体験です。

以上で終わりです。

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