夜警の仕事に就いて一週間、今日は休みのはずだった。
夕方、派遣会社から電話があり担当が急用のためシフトに空きがでてしまいなんとか都合をつけてくれとの事....。
まあ、別に何するわけでもないし引き受ける事にして電話を切った。
管理室で12時過ぎに夜食をすませてテレビを見ていると、ボツッボツッとにわかに降り出した雨に気がついた。
そしてふと、嫌な事を思い出してしまったのだ。
今日のシフトからはずれた小林さんはこのビルの夜警を6年もやっているのでどこに何があるとか、ここはすでに3回も空き巣に入られているとかを警備の休憩時間に話してくれた。
そんな中ででひとつ気になっていたのは仕事の初日、「雨の降る夜、七号棟3階の上がり口にある鏡は絶対に見るな・・・幽霊が自分の後ろに映ってるからな・・・。」と言われた事だった。
その時は、さほど気にも留めなかったのだが実際そんな状況になるとやはりいい気はしない。
柱の時計は午前2時を回り、2回目の見周り時間を知らせた。
相変わらず雨はしとしと降り続けている。
内心、とても嫌だった・・・。
このまま行った事にしてしまえばいいのだがやっと見つけた仕事をなくすハメになると思うとそれはできない!
僕は意を決して重い腰を上げた。
一号棟、三号棟、六号棟と廻って例の七号棟の二階を上がった時、僕の喉は恐怖と焦りでカラカラになり、くっつきそうだった。
そして三階に向かう緑色の非常口を示すライトが長い廊下に映し出され、まるでそれは子供の頃友だちと行った遊園地のお化け屋敷の入り口のような気がした。
「ふ、ふん!こ、子供じゃあるまいし、何怖がってんだよ自分・・・。」
そう呟いて懐中電灯を前に照らしたながら階段を上がっていくと月明かりのない、薄暗い常夜灯だけの階段に、その鏡はあった・・・。
僕はそれを見ないように反対側に張ってある火の用心のポスターに目を向けていた。
だがやはり怖い物見たさというのだろうか立ち止まり、自分の視野にほんの少しだけ鏡を入れてしまった。
そして次の瞬間、そこに映っている物を僕は見たのだ。
それは・・・、紺色の警備服を着た自分の姿だけだった。
それ以外は何も映っていない......。
僕はフッとため息をついて、
「ははは!やっぱりこんなもんだよ・・・。小林さんも人が悪いなあ、脅かすなんて・・・。」
気がつくと外は雨もやんで青白い三日月が雲間から顔をのぞかせていた。
次の日の昼過ぎ、携帯が鳴り、半分ねぼけたまま出るとそれは小林さんだった。
「昨日は悪かったな!おかげで何とかおさまったよ。今日は俺とシフト交換だな。」
「はい、お願いします。あ!それとひとつだけ、昨日七号棟の鏡、見ましたよ。何にも映りませんでした!僕以外は・・・。もう、かんべんして下さいよ。それでなくてもビビリなんすから。」
「え!何?鏡?七号棟?・・・ああ、あの古くてひびが入っていたからおととい取り外した鏡の事か?新しい鏡は明日設置するんで今は何もないはずだが・・・」
僕は今、駅前に置いてある求人誌を見ながら新しい仕事を探している。
夜警の求人欄はもう二度と見る事はない・・・。