これから書くお話は伝聞です。
お話をしてくれた方をG氏。
社員慰安旅行の最中、G氏のかつての友人T氏が語ってくれたという、生々しい体験です。
社員慰安旅行で某所に行ったG氏一行は、地酒を買い込み、夜を待って酒盛りをはじめました。
最初のうちは上司のグチや仲間のことなど、職場の話からだんだんと各々のシ趣味の話になり、その中のひとりが「おばけが怖い」と言い出しました。
それを機に皆一斉に怪談話に向けて盛り上がりかけたんですが・・・。
T氏:「ばかやろう!怪談なんかやめろ!」
突然T氏が憤慨して立ち上がり、自分の部屋にさっさと行ってしまいました。
G氏は慌てて後を追い、フォローしました。
G氏:「ごめん、おまえ、そんなに怖い話が苦手だったっけ・・・・・・。」
T氏:「・・・・・・。」
T氏はしばらく落ち着かないようにそわそわした後、意を決したように自分のカバンの奥底から小さな黒っぽい巾着を取り出し、みんなが集まっているG氏の部屋に小走りで戻っていきました。
T氏は巾着から木の箱を取り出し、それをみんなの前に置いて語りだしました。
T氏:「誰にも言わないでくれ・・・・・・おまえらにだけ話す。」
皆とりあえず頷き、T氏の話を聞き始めました・・・。
毎年夏になると、T氏はなじみの民宿に宿を取り、家族で海水浴に行きました。
数年前の、その夏もそうでした。
ダイビングでもなく、海釣りでもなく、ただ泳ぐのが好きだったT氏は、ときどきブイの外の沖まで泳いだり、流れの速い場所に行ったりしていました。
そこでたまたま潮の荒い場所に入り込んでしまい、波に飲まれてしまいました。
一瞬にして海中に引き込まれ、上下の感覚を失ってしまったのです。
「まずい、溺れるっ!」
そう思ったのもつかの間、もがく体に何かが絡み付いてきました。
海草です。
巻きつかれたら体の自由を失ってしまうかもしれません。
一層の危険を感じたT氏は激しくもがきましたが、海草は千切れもせず、外れもせず、T氏の体になおも絡みついてきます。
時間とともに体全体を絡めとられるように自由を奪われ、肉に食い込むように締め付けが強くなりました。
「このままだと死んでしまう!!」
死を覚悟した瞬間、足が何か硬いものに当たりました。
「流木か?いや、岩だ!!」
T氏はその小さい岩を、思い切り蹴りました。
何度も何度も蹴りました。
その時、水面に見える光が少しずつ近づくような気がしました。
ブチブチという衝撃が体に伝わり、体の自由が徐々に回復してきます。
T氏は残り少ない力を振り絞り、懸命にその岩を蹴り続けました。
そして・・・ようやく水面に生還しました。
精も根も尽き果てたT氏を海から救い上げたのは、T氏の弟さんでした。
T氏の弟:「あのときは、夢中だったんだ・・・・・・!」
T氏を浜まで連れてきた弟さんは、T氏の全身を改めて見て背筋が凍りました。
海草だと思っていたのは、長い長い髪の毛だったのです。
大量の長い髪の毛が、T氏を絡め取るように纏わり付いていたのです。
T氏の家族は、そのまま海を後にしました。
その数日後、顛末の一部を聞いていた例のなじみの民宿から弟さんに連絡がありました。
話によるとT氏が溺れた現場の近くで、女性の水死体が上がったと。
そして、そのご遺体には髪の毛がまったくなかったらしく、まるで、頭からすべての頭髪を乱暴にむしり取られたかのようだったと・・・。
T氏:「あのとき俺が蹴ったのは、本当に『岩』だったのか・・・・・・!」
T氏:「あのときの感触は、いまでも残ってる。忘れられないんだ。」
T氏:「流木のように足に当たったのは、腕かもしれない。」
T氏:「俺が蹴り続けたのは、頭かもしれない。」
T氏:「俺は道連れにされそうになったのかもしれない・・・・・・」
T氏:「だけど、俺が彼女の最期の希望だったのかもしれない!!」
T氏:「ひょっとしたらまだ生きていたのかもしれない・・・」
T氏は、泣きながら木の箱をあけました。
そこには、きれいに束ねられた髪の毛が入っていました。
T氏:「辛いんだ・・・・・・、いろんなことが、いまでも辛いんだよ」
T氏は箱を抱えて号泣してしまいました。
誰も声をかけられなかったそうです・・・・・・。
それからまもなく、G氏は子会社出向となり、T氏とは疎遠になったそうですが、あのときのT氏と束ねられた髪の件は忘れたくても忘れられないそうです。